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行政の才

現御県知事の折衝能力はきわめて高い。これはこの一大災厄時に復興への尽力の実例からはっきりあきらかなこと。県民は刮目せよ。そして現御県知事の名君としての一連の実績をいかに評価し感謝しても足りないほど。危機に備えるのが防衛者としての政治家の才覚なので、現御知事のその高さがはっきりとわかる。

 御在籍の長久にひきくらべ自分がみていたみじかい中にかぎっていえば、最大の徳はあの茨城空港の建設だった。
一北茨城市民の小市民な性格(もちろん過剰謙遜だが)からいえば韓流系のつきあいへだけは苦言を再三したためていた最中だったけれど、あの空港そのものが使えることと言ったらない。
当時、あれだけいわゆる在京キー局や江戸系ふくむほかの地方の新聞雑誌から総メディアスクラムでの茨城空港ぶっ叩きが目茶苦茶にあったわけだが、その後、廃線や廃止よりも「積極的誘致活動」へ大胆に舵をきった、きりつづけてきたという御県知事の判断は結局正しいものだった。ひどい災害にいたって少々のダメージがあっても全然つかえてるのだから、いかに県民および近隣都道府県、および遠出利用者の役に立ったかその足と命を助けたかはかりしれない。鴎真っ青の空の港、それがイバクーとはだれも云ってないし云わないしうざいが。

ところで北茨城市では震災の一週間後にもすでに暴走族が発生していた。うざいとはこのこと。普段から徹底した取締を手抜き行政営な自治警がおこなわないからね。

でイバクーは自衛隊基地をかねているというのがさらにすぐれている。あれも反対者側から散々反発を勝った点だったが、いまとなってみれば救援物資などのこれからやいままでの輸送にもつかえるはずで、国にとって首都圏以南の基地との中継ぎにもおそらく潜在有用だったとわかる。これらの複数の実例だけでも、現御茨城県知事は名君の実績に曇りはないと思われるくらいだが、無論先はある。
少なくとも御在職の間は御県知事へ県民の者共は最大限協力を惜しまない方がずっといいのではないか。大変に危機的な状況におちいったとき途方もなく「頼りになる」ことがはっきりしたのだから、とりあえず頼っておいて損害はありえない。*1
折衝能力の評価で完全依存かよ、というするどい突っ込みを想定すればそれを含めてだとさとせる。
 言うまでもないが行政の実践というのは独裁行為よりも折衝の巧みさの方がつねにうわてだ。その場合だけすぐれた実績は民主政において維持できる。だれの市政が反例だとはいえない。
いうなら県民としては「独裁化の監視」だけ行うのを最低限度の義務とし、その後継者えらびも含め、現御県知事の輔佐や重大案件の依頼を、つねなる有益事とする。高い能力への協調行為はそれだけ総合実績の向上につながるのだから。

ーーー
*1 身が安全になってから役所に布団をもちこんで泊まり込まれるなんてこともきっとなさってはおるまい。それはどんな企業体内でも「仕事のおそさ」しか示していないはず。
あれだけひごろ市民やその能率要望をこけにしつつ高給をはんでいたのにいざとなってサービス残業? こんな時にそれを示されても。さて給与カットも無能ヤーサン部下の再構築もせず娯楽出費へ桜よびこみってのは、もしすでに実例があったとしたら一体どんなサービスなんだろうか。1200万円超の年収をふところに任された在職中、市民への冒涜サービスはいくらかかったんだったっけ。まさか違法パチンコ屋とか風営法抜け道の整体屋との共存共栄ではかった悪政財源にきえたとか?
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by smartestone | 2011-03-31 02:16 | 経済論 | Trackback | Comments(0)

工学

 大容量据置蓄電池を開発販売し、利用者の少ない為より安くてにはいる地方(つまり可逆な設置方式にし定期的に輸送し交換させる)やそれを置く現地などから深夜に充電させ、これをひるま使えば節約になるというシステムにすれば夜間との電力ギャップに適応できるとおもう。*1
 先ずは大企業用が有効だろうが、家庭用もはじめから視野にいれると裾野は広い。

 いまでいうガスボンベの様いずれ全ての家庭にもこの蓄電池が外に据え置かれる時がくる。メンテナンスもはじめから一連の事業にすればきわめて将来性の高い発明。
 水素発電は送電ロスをへらすべく初めから蓄電池へじかに充電させる確率も高いので、この事業計画は滑らかなほどよい。


ーーー
*1 ちなみにソーラーパネルへの助成で自家発電が普及してから、この蓄電池はひるまにも充電するばあいがありえる。よってアルカリやニカドなどより、くりかえし充放電にたえる系でより安全な、現状でいうニッケル水素充電池状の方がいいか。タンク状は
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%83%BB%E6%B0%B4%E7%B4%A0%E5%85%85%E9%9B%BB%E6%B1%A0
を参考にすると、すでに宇宙建造物系(人工衛星や宇宙探査機などらしい)で実用化されている。但し、水素爆鳴気そのものの危うさは解消されない。
 とかく他の技革にも応用できる、夜間のほかのアクセスにも対応できる汎用型がとりあえずは家庭用にはよい。
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by smartestone | 2011-03-30 01:43 | 学術論 | Trackback | Comments(0)

自民党閥と本当の市政の姿

電車や交通基盤がたたれ、家にいざるをえないひとが多い今こそまとまった読書や勉学のいい機会なのだが、又これも現市長悪政の記録になってしまうけど、残念ながら図書館が電子化されてないうえひらいていない。

すぐにでも整理をはじめねば開館は遅れつづけるだけだ。

 もし私企業ならすぐにでも営業再開せねば顧客にそっぽむかれていくのであやういが、図書館はあのわるい市長のもとについているのでずるずるといつまでも休むつもりらしい。一刻もはやく復活したら市民の知性のそこあげにもなり、まさにいまこそ急ぐべきときとおもうのだけど。
偶像じみた進次郎氏への、市長室前での泊まりがけ避難客の誇示なんかしてる場合か*1。自分はみていたが、震災直後の一週間ははっきりいってそんなひといなかった。あの空間辺りはだれもおらずがら空きだったし、むしろ商観光会かなんかのひとに一市民である自分は、あのあたりの間から遠ざけられた。

この二三週間目のどこかで、ある種の「負担」や「自己犠牲」のわざとらしいディスプレイのため市長室前まで、被災したひとの一部をまねきいれたのだとは推測される。しかも市庁舎以外にも無数に避難所はあるのだからわざわざ実務すべき庁舎に、一見さんの報道客むけに、観光ぶった被災の演技派ぶりをみせられても飽きれる。完全な劇場。しかもバレバレの低俗ぶり。
さっさと仮設住宅や、あのがら空きだった体育館へ間仕切りを用意するなりすこしなりとも『市民奉仕』の実例があれば、いまの市長の系統をただのそらとぶ鴎がここまでみなくとも済んだはずだが。飽くまであのそとづら飾りの姿勢らしい。鴎には鴎の見方あり、自民党には保守の偏見あり。


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*1 進次郎氏のウェブログより
以下引用
>市役所では市長室の前に避難生活を送っている方々がいらっしゃいました(市長さんも市長室で布団を敷いて寝泊まりしてるそうです)。
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by smartestone | 2011-03-29 21:44 | 経済論 | Trackback | Comments(0)

工学

 電力不足の解決には、できるだけ巨大な施設へいっぱいにした蓄電池をハブにして緩やかな供給力をもたせればいいだけではないか。
 ヘルツ数のちがいも、いったん他の地域で充電したものを接続しなおせる施設のタイプにすればなにも関東圏だけで電力をあがなう必要はない。要はやすい地域(海外ふくむ)で充電してきて、関東一帯にもうけたこの蓄電池施設あるいはpluged power plantを介せば致命的な電力不足にはいたらないとおもう。
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by smartestone | 2011-03-28 16:46 | 学術論 | Trackback | Comments(0)

市長批判

『(こういうときに)必要なのは物じゃねえんだ、ハートなんだ』とほざきいつつ、年に1283万円2500円を市民税からふところに仕舞い、しかも再三の注意にもかかわらずどうでもいい映画などという演劇系サブカルへ大金や役人労力を注ごうとし*1、最悪なのは被災一週間はなにも音沙汰をみせず市民を事実放置し、災害に備えろ無駄な票田囲いに娯楽ばらまきをするなかれといつもいつも注意されていたのにまったく機能しなかった江戸レベルの手動半鐘と周知すらされていないし電気がとまりうごかない災害メールしか行政の義務な事前対策をしなかった極悪市長。

さらに無能すぎる証拠。なんと避難拠点である体育館や学校など、耐震補強を市民からの再三の注意にもかかわらず怠りつづけた。だから驚くべき悪徳の程がしれるが、いざとなって我々は避難所に入れなかった。おのれのふところがねとかねもうけ娯楽出費用(シネマクラブ? そんなものに血税をつかうな極悪人が)に税金浪費、さらにそれをつづけようとしている矢先、でいまさら進次郎氏みたいな劇場型の芸能人まがいのチャラ中央おエド政治家にこびだと?

これが一市民の眼からみた「真の現市長の姿」。しかも、市役所へ対応をおねがいしてもわからねーんだよねと門前払いや普段そのままの怠慢低奉仕。いつもだしいざとなっても。いかに無能な部下をそだてている不良行政かわからない。わたくし企業なら即首なのは前提で。
これは本当に本当のことです。市民は決していまの市長を肯定的評価すべきではない。これは長年、この市政や市の展開、そしていまさっきあったまさに行政人の防衛者たる本能や才覚が試される危機に及んでの最終的結論である。あの血統はまったく試験にとおらなかった。完全失格。そういうことだ。

本当なら世襲独裁をふせぐ目的でかれの先祖の銅像もみずから壊すのが道理というもの。それが失政の最終責任感というものではないか。にげおくれた死人や家をなくした人達のまえでおのれだけは中央政治に媚び売りだと?

自分はたまたま助かったが、すでに亡くなっていった犠牲者たる市民のたましいの上で『必要なのはハートなんだ』ですか? 災害ラジオひとつくばれず、ふんぞりかえっていた正真正銘ヤクザの親玉などなにひとつ擁護すべきではない。

だから、このすべてにおいてあやまった判断で、われら市民へ迷惑どころかあしき因縁をかけた小泉jr.もたいした政治家にならない(なれない)だろう。いや、なってはいけない。本当に困るやからだ。親もイラク進攻を事実上間接的にてつだった長いものには巻かれろ式のジャイアニズムな悪玉だったからそれもしかるべきかもしれぬ。だが業はのこる。たとえどんな辺境の地方でも。

参考URL
http://ameblo.jp/koizumi-shinjiro/entry-10842132284.html

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*1 計さらに2億4千万ちかくを市税から娯楽系出費。全面光ケーブルなぞという贅沢品敷設プラス、地震でぼっこわれたという噂らしい(たしかめてはないから真偽不明)あの豪華な映画座席。ありえない。耐震さえされてないおんぼろ避難所群と、字の消えた注意書きの江戸時代レベルの手動半鐘の前で。消防署がすぐ海の傍に置いてある時点で土台おかしい。そういうこと平気でしてくるひとを行政府の長に就ける市民の知力とは鴎なのですか? あ、鴎ではないんですか。
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by smartestone | 2011-03-28 16:04 | 政治論 | Trackback | Comments(0)

公園事業のおはなし

いそはら中央公園なるもの出現。まだ未完成だが。ひろくみえるのはいい。しかしもとの広場状態でもかえって希少価値な「なにもなさ」がよかったのだけど。
団塊とそのjr.は空き地というものへ不思議と手を加えたり、囲いあげ閉めたがるがるふしがある。けど、ちいさな子供は空き地を最大の遊び場にする。不思議だが、高度成長期以後はこういうなにもない空き地がきえてしまった。かわりに地代あげのためのサブカルチャー店舗やら大規模郊外型量販店やら巨大駐車場やらフェンスで囲って市民を締め出した悪徳行政の独占独裁地がいくつもいくつもできた。しかも放課後、学校は入れない。勇気と寛容さ、そして智恵のないおとなの自業自得のみならずこどもへも環境は悪化したようだ。

ところで、広い道路がわへは高さのある程度あるフェンスがいるのではないか? 幼児や子供がボールあそびをしていて事故にあったり、歩道の通行者へ予期せぬダメージをあたえそうなのがめにみえる。そこはしごとの手落ちではないだろうか。

あといつもそうだけど、トイレとかのデザインが適当に古臭い。駅のむこうのも。
だれが設計してるかわからないけど、いつもの票田手法のごとく土建票つながりで、競争発注や設計競技みたいのはしてないのだろうか。よかれあしかれ保守的か退歩的な性格があちこちにでてくる。
 けど技術革新へ退行して伝統工芸みたいなものをずっと飽きずにつくっていると、必ずや地帯の産業地位は低下してしまう。生産性の機械的向上がないから。
できるだけ伝統や風土、地域らしさと調和する、最先端の技術をつねに採用していったほうがいい。磯原駅は一つの模範。いままでとかわりないただの屋根がわら(しかも崩落対策なし)はああいう感じで地震によわい伝統なのでもしかすると外観装飾の質としてかならずしも最善でなかったのかもしれないが、ホログラムをつかったり音響装置をいれたり技術への感心の高さがみられるのがよい。
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by smartestone | 2011-03-28 15:06 | 政治論 | Trackback | Comments(0)

北茨城政治学

人口扶養力=人口密度\人口支持力
人口支持力:総生産に比例し生活水準に逆比例する値
なので、あえて人口密度を下げるのは市民の幸福感を上げる徳。人口扶養力が真の社会的幸福感の素ゆえ。

 市内人口密度の増大が繁栄と勘違いしているのは無知による。

 またラットレース(鼠競走)ではないのだから、ある程度の成果主義の導入(つまり振り落としか進級制度の採用)をすべきであり、かつ入庁段階から学歴符号差別をするのはかならずしも最善ではない。天性への疎外か、階層の固定と同系配偶による組織の弱体化につながるだけか。
 この固定化へ最もあり得る解決は、厳しい成果主義(つまり、解雇の多用)だろう。それによって期間雇用層がふえるかわり、窓際族も過剰学位による不適任もなくなる。但し、不安定雇用状態が生じるので他の福祉の受け皿、つまり失業保険制度などが完備されてしまえば採用できる。階層固定化の最大の害は腐敗の温床となって行政効率を下げていく事、各種の制度疲労から社会の公益機能が麻痺する事。但し、安定した収入の貴族性に伴った社会構造の安定は逆に学歴符号差別や年功序列など固定的制度を維持する事による。この階級化要因は、極端な成果主義社会の欠点が自覚されれば再び見直され制度に復帰させればいいとかんがえられる。
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by smartestone | 2011-03-27 20:43 | 学術論 | Trackback | Comments(0)

都市計画学

 都市計画学でいうと施設は人口一様分布のばあい 1/(√人口) のわりあいで設けないと効果がない。なぜなら面積当たり移動距離は二乗でふえるのに施設へはその間の主観点からしか到達できないから。
たとえば下の図で あ から他のふたつの丸まで行こうとすると、距離は二倍かかる。なぜなら往復するから。
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もし人口が二倍になり い の人があらわれたとすると、また移動距離は二倍ふえるのに人口は一人しかふえてない。
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こういうわけで、人口あたり二乗の割合で施設をもうけないと満足な都市にはならない。だから二乗のわりあいで人口は、自然にはあつまってくる傾向がある。なぜ市ができあがるかといえばこういうわけ。
 で、いま図書館のあるあたりへ施設集積させたほうが、ばらばらに分館をつくるより二乗だけ効果が高い。うらをかえせば、もし中心地域より遠くへ施設をいくらつくっても、たとえばその距離を半分にしたければ四倍の施設がいる。こんな風に。
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よって、じつは公共施設というのはこういう風に作るのが合理的。
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そうすれば人口が二乗比でふえても、施設はその√分の1のわりあいですむわけだ。つまりは、磯原のあの図書館あたりへ学習設備はあつめるべきなのだ。そうすれば市内のひとがより便利に幸せに勉強できる。
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by smartestone | 2011-03-26 18:56 | 学術論 | Trackback | Comments(0)

磯原経済学

 産業の質か達は、必ずしも総生産値などの既存経済指標に反映されない。
 需給の振り子はそのいちばで生きる民がなにを需め;もとめ、なにを給る;たまわる かによっている。だから総量にみた経済圏が必ずしも幸福感の比べみた理想の姿ではない場合も多く、逆も然り。
 もし総生産が総取引とは別の値だと分かれば、現代経済学の上で純生産と純取引とは分けて考えられゆくだろう。いちばの取引量を目あてとする税収運営の組織、つまり政府も、もし中間搾取の悪意がよりすくない純生産費のみへのえり好みがいちばでつづけば、相対的にちぢみきえゆくはず。

だから市場での磯原指標の高さは実質の富が必ずしも交換価値の追い求めとならない証として一つの現代経済の進み方を示すだろう。
 なるほど需給の達がより高貴なもとめに応えゆくのは「高い教養教育」が成功したときに限りそうだ。このいちばではつまらない、とるにたらない需要が起きようはずもなく、より高級で上等な品が次々に取引される適所となる。
もし総取引の額がどれほど少なくとも、この様な市場こそが本来の経済の目あてであり、旧総生産指標の高みにより外威を張るおもいは決してよい適所の目安ではない。極論すればそれは人口密度比にしか捉ええない。
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by smartestone | 2011-03-26 18:19 | 学術論 | Trackback | Comments(0)

したたかな浜辺計画

一気にこわされた都市の再建にあたり、ここいらではそうでもないかもだが、もっとも有用なのは「大規模な都市公園」をはじめに中心領域へもうけてしまうこと。

倭系の都市はどうしても江戸化・東京化・京都化というか、過密化へむかってしまいがちだけど、一掃される度々の機会にのみ都市へ共有地としての憩いの広い場をもうけうる。そしてそういう機会をのがすと、ほとんど際限なく過密になっていく一方で最終的には奇形な風儀がはびこる。これは歴史的にいえる。つまり放っておいてもよくはならない。かといって全体統制すると(社会主義国の堅苦しい都みたいに)うまくいかない。
 特に岩手県・宮城県・福島県あとは茨城県大洗町にはおすすめしたい。災い転じて福となす、ということも都市計画にかぎっては大きくある。冥福を祈ると同時にしたたかな長期展望を実行に移す事が今ならできる。

 大洗町の例をとれば町立または県立の海浜公園として、津波のきた限度までは県有地として買い上げ、そこ一帯を砂浜もふくめ超大規模の都市公有地につくり解放しておく。こうすればレクリエーション施設も費用省略でき、一石二鳥。かもめにはあてなくていいけど。

ちなみに大津か平潟、磯原の雨情記念館付近でも、津波記念碑とあわせたひらいた海浜公園をもうけると海からの既存私有地の後退とかねていいとおもう。すくなくともいままでより強烈な堤防で天然記念物的なきれいな砂浜をつぶしていくよりはすぐれた環境になるとおもう。
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by smartestone | 2011-03-24 13:14 | 経済論 | Trackback | Comments(0)