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常磐の海と採掘制限法

領海圏は国有の公共財だから、という観点でいくとまだ確証できないが、メタンハイドレートや石油への減圧採掘での人工地震が、これから、或いはこれからも常磐沖で起こされかねない。

要は制海権を、海に面した県は主張して、独自の排他か使用制限法をもつべきではないか。

 東京電力が国有化されるのは時間の問題だが、その際でも彼ら、又は東北電力が確率からいえば高いけど(大手ウェブニュースの情報によると中国が勝手に宮城県沖の領海に入って調査していたらしいが)、常磐沖でやたらと減圧法やメタンハイドレートの採掘実験をしまくると人工地震が再び襲ってくる原因になりえそう。
これから後世の検証でわかるだろうが、今回の東日本大震災も、2011年3月11日から1年以内の間に常磐沖で行われた石油採掘が直接の原因であった可能性がいくらかある。

 資源が眠っているのも、それを利用したいのもわかっているが、採掘の仕方へ注意が十分にいるというのがどうやら確からしい。
人類の工学は、確率的に地震災害へ至らない方法をみつけだすだろうがまだその段階に技術やプレートテクトニクス周辺の理解は及んでいない。

この段階では「慎重を期する」のが最善。そこで大事故を起こせば損害の方が大きくなるのだし、制海権を通して電力会社が常磐沖で採掘行為を行う際は、はじめから「人工地震賠償責任条項」の様な縛りでその活動を補わせるべき。
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by smartestone | 2011-06-21 12:36 | 経済 | Trackback | Comments(0)

市内の遊び場の表土撹拌調査

こどもが平気で、撹拌された様子もない砂場でねころがりまくって遊んでたが、市政はあそんでばっかで調査もしなかったのだろうか。それともすでに公表か撹拌というか表土を埋没かとりのぞき済みなんだろうか? もしあの内部被曝でこどもが甲状腺癌やら口頭癌になったら責任はもたない、ってつもりだろうか? 安い仕事だ。税金を払っても、一体、お頭は賠償賠償で金しか頭にないのではないか? それなら商売をはじめなさい。先憂後楽の防衛者の身分にふさわしくない。市井の私ですら心配をかけられるなんて、ありえない足の引張られ具合。もう公共問題について書かざるを得ないのは、科学したい側にとっては本気で面倒だ。ある種かもめになった方がマシである。
 市報も頻繁に、ウェブを使うべきだし、他にも日立市を手本にラジオやテレビ等広域網を活用すればいい。緊急時にも使えるラジオ、次に費用からいえばウェブ、で最後の広域に大衆伝達できるテレビだろうけど。アメリカでは大統領直々に政府からの監視がおよばない独立ネット技術を開発してるらしいが、日本政府は愚民が匿名で誹謗しすぎるのでその人権擁護用に監視法案を通すかどうかという遅れ具合。途轍もない国。まあどっちにせよ公共分野が先に腐敗しているらしい。「とりしまり」が正常に行われないのだから。さっさとワンダーグーやコンビニ、本屋の猥褻物もとりしまってほしいが全然されない。パチンコも同じ。狂った倭国は理性が第一に腐っている気がする。その意味ではむしろ哲学・宗教・道徳がいまの日本全体へは足りないのかもしれない。これも面倒な話だ。

 人口は多い程面倒も増え、多すぎると文明度が落ちる。少なすぎると弱いが、適度に少ない方が先鋭化し易い。これがクニの規模へは真理か。
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by smartestone | 2011-06-19 23:52 | 政治 | Trackback | Comments(0)

御県知事のかしこさ

御県知事の賢明なること誠この上なし。
東海第2原発:防潮堤は「コ」の字形 原電が効果高める計画 知事は慎重姿勢 /茨城

この記事からみても、この御方は信頼しておけば間違いないと理解できる。正しい判断力というのはこの世で最も得難いものでもある。
 脱原発イデオロギーによる神経症は、それ自体おろかしい。廃炉まで時間もかかるので、防衛上も同じ。単に漸次逓減させるのが次善。
なお一部の記事によれば、少量の放射線はかえって健康によいという仮説もあるらしい。以下引用。

http://www.snsi.jp/bbs/page/1/page:4

http://megalodon.jp/2011-0617-1734-31/www.snsi.jp/bbs/page/1/page:4 (魚拓)より

~~~
■■■■ T.ラッキー教授の論文(2008)のまとめ ■■■■

1.胎児への影響

先天性欠陥、死産、白血病、癌、死亡率、男女割合、幼少期の成長・発達度、遺伝子異常、突然変異から血清タンパク中のDNAを50年にわたり調査した結果
(1)広島・長崎298,868名の子供達からは何の影響も見いだされなかった。
(2)1Sv以下で10-90mSvを浴びた胎児の方が死産・先天性異常・新生児死亡率が低かった。
(3)3Sv以上浴びた胎児に小頭症や知的障害が発生している。

2.癌(白血病)発生率
(1)長崎で310-690mSvの被曝をした人々(2,527名)に白血病での死者は0
(2)長崎で390mSvの被爆者(25,643名)に白血病での死者は0
(3)広島・長崎で260mSv以下の被爆者は白血病死亡率は平均値(1万人に18名)以下
(4)1950-78年でガン死亡率は1.2Sv以下の被爆者は年平均(2.3人/1000人)以下の年2.1人/1000であった。
(5)1950-78年で広島・長崎の250mSv以下の被爆者のガン死亡率は一般平均を1とすると0.9となる。
(6)長崎では3Sv以下の被爆者のガン死亡率は一般平均を上回ることはなかった。
(7)広島・長崎でのガン死亡率は60mSvを被曝したグループ23,000名は一般平均より低く、かつ平均寿命が長い。
(8)広島・長崎でのガン死亡率は20mSvを被曝したグループ7,400名ではさらに著しい低下があった。

3.寿命について
(1)100mSv~1Svの被爆者の子供50,689名の死亡率は一般平均より低い。
(2)同年齢のグループとの比較では癌を除く死亡率では1.8Sv以下の被爆者は65%であった。
(3)広島・長崎で2Sv未満の被爆者20,000人の平均寿命の短縮は認められなかった。
(4)1950-85年の死亡率は700mSv以下の被爆者で相対的な低下が認められた。最小値は140mSvの被爆者。
(5)45歳から75歳の年齢では、5mSvよりも10mSvの被爆者の方が死亡率が1~3割少ない。(より強い放射線の方が長寿であったという意味)

3.水爆とチェルノブイリ
1954年(昭和29年)のビキニ環礁で被曝した第五福竜丸の乗組員23名中、6.7Sv被曝した一人は206日後に死亡した。
しかし他の2~5.75Svの被爆者は(論文作成時1993年までの)40年間癌の発生はない。
第五福竜丸はチェルノブイリの場合と酷似している。つまり2Sv未満の作業員209名は誰も死亡していない。

4.考察
引用した論文によると、急性の低線量放射線は日本の原爆生存者へ生涯にわたり健康に寄与したことを示唆している。広島と長崎の人々が浴びた放射線は、いわば「放射線ワクチン」と言える。

一時的に浴びるにせよ、慢性的に受けるにせよ、動物を使った1991年の実験によれば、たとえば以下のような長期的効果があることが判明した。

 1)大量の電離放射線への抵抗力
 2)傷の治癒が早いこと
 3)ミクロではDNAや細胞の修復力の改善
 4)免疫力の強化
 5)罹病率の低下(特に感染症からの)
 6)健全な子孫
 7)死亡率の低下
 8)平均寿命の伸び
など

原爆による放射線の影響を総括すると、結果的には「電離放射線は生命体には不可欠なもので、我々はその不可欠な物質が不足しているかもしれないという仮説」を裏付けるものである。原爆生存者に関する諸研究により、放射線には有益と有害の境界があることが明らかになった。この結論によりフランスの権威ある委員会も全ての放射線は有害であるという考えは間違っているというという確証を発表した。

以上

※全訳文の入手先は 茂木弘道氏 http://hassin.org/まで
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by smartestone | 2011-06-17 17:37 | 経済 | Trackback | Comments(0)

市政の素朴な道徳論

自分は、松本氏が掲げた公約は一つのまっとうな、よかれあしかれ素朴な、当たり前の倫理感覚ではなかったかと思う。つまり病院のたてものも、使えるものは大切に使いなさい、無闇に新しいものを追い求めるより古くてもいいから物を大切に使いなさい、という勿体ない道徳。

 そして、今回の核事故をみると交付金やら立地金やら目先の損得に騙されて悪事に呑まれるともうとりかえしがきかない、というのも真実。
 自分は、一市民としていうが何も豪勢な施設や豪華な暮らしを皆に求めたいとは思わない。だから、高度成長期の狂った泡感覚をひきずっている団塊はまさに老害に見えるし、実際にそうだろう。
彼らは自民党の派閥領袖へ最も典型にみられる如く、談合によりすさまじい大金を中央から貢がれ、あるいは大企業や天下り先を誘致し、融資された税金を地元の土建票田ねらいに大量投下する、といういわば‘税収麻薬漬け’を何とも感じずかえって正しいと感じている。

民衆の無知と検察の甘さにつけこみ、こういった談合による大量の金使いと連続当選の構図を無際限にくりかえす。それが団塊の特徴で、現市長豊田氏の殆どの選挙手法と行政手法のそのままを示している。

 しかし、やはり悪は悪だ。そもそも土建票ねらいに中央から大量下賜金をもらいにいく、といった意図そのものが不正で、一つの名前なき犯罪ではないかとさえ思う。なぜならこの過程の暗箱さにより一般の民衆はすべてを知る事はできないのだし、もし知っていたとしても同じ道を辿る者は卑劣あるいはさもしさのそしりを免れるものではない。歴史はその地域にもあるわけで、実際、大企業依存病はその地史へ民俗の病理として示される様だ。
どうか豊田氏よ、税収麻薬への依存から自力で抜け出されんことを。私は有権者としてできるかぎりの更正へ力を貸した。しかし、民衆はそれよりもずっと低い級の公徳観念しかないのだ。便利になればいい、今までと変わるのは不安だ、昔から根回しされている、その位のおろかしい意図で投票行為をする民衆も、無論 罪を免れるものではない。

自分は昨日、NHKの特集でこの市の大津の漁師がとりあげられるのをみた。どれくらい彼らが自覚していたか又買い被っていたかはわからないが、コウナゴ漁でこの時期に800万円の収入があったと報道された。そして借金してまで船を買ったと。
その態度と構図は、まさに豊田氏の生き方そのものではないかと自分には見えた。焼きそばを食べつつ刺身も食いたいという。しかし、焼きそばが食べられればそれで十分ではないか。それすら食べられない者もいる。勿論、精神論は矛盾に満ちている。だが今日の御飯を食べられるだけで自然と人間の英知へ感謝しようではないか。

福島第一第二原発は、前佐藤福島県知事が国政へ物申していた如く、上述の団塊風自民党の談合でいわば地方へ地方へとおしつけられていった東京資本の悪業だった。交付金をやる、と脅しつけられ又知能の弱い議会の党閥にのまれ、それに少しでも手をつけた途端すべては暗転したのだ。プルサーマル計画への現佐藤知事による反対も、民衆の無知へつけこんだ議員らの利権趣意により潰された。結果、企業体質の大変悪質な東京電力株式会社の備えの怠り、及びそれへのっかっていく自民党や民主党の予防軽視で世界最悪の大公害がひきおこされた。*1
 我々が同じ構図に、間接や直接にまきこまれているのを認めねばならない。だから、市井の有権者はできうるかぎり松本氏の公約も少なくとも間違いとはいいきれなかったと考えねばならない。
その素朴な勿体ない道徳は、自体が真理なのが間違いないだろう。豊田氏の様、山や谷を切り拓き森を壊し川を潰しつつ汚し、100年先のことも考えない大施設を次々立地させようと企む者は必ずしっぺ返しをうける。だから「緊急避難先」としての高台と兼ねるという豊田氏の新病院構想は間違いばかりとはいわないが少なくともまだ使えるのに壊して建てるといった勿体ない悪徳も含まれている。

豊田氏は地元へのコネクションによって連続的に当選してきた典型な談合首長だ。その姿勢の横暴は、市役所を一個の市民として訪れた者にはすぐに分かる。その直属の役人らは腐敗しており、居丈高で、市民奉仕に自覚なく、高慢で自らの給与の安定が万事へ先立ち、生活の安定と服従による保身を目当てにその首長から飼われている。
市内百人もいる様な民生員なる立場の公共奉仕への志願者はただ働きしているが、彼らよりはるかに大量の金、具体的には年収3000万円以上を税収からうけとっている首長とそれにたぐいした副市長、あるいは殆ど期待ほど活発な議論をかわさず自ら全員評議会などの首長独裁の悪風を変える能力もなく高級をはむ市議会議員が、一体どうして罪の意識をおぼえないか、税収をはむ分限で十二分なしごとをしないか、私は理解に苦しむ。

その壮大な腐敗と権力の堕落とは、自分の眼には戦後、団塊がつくりあげた邪悪な社会の末期症状に映る。私は鴎にもそれが変えられるとは思わない。一つのあきらかな対策としていいきれるのは、当然として、まつりごとの分野で生き残る者は最も道徳の高く正義感の強い者達だろう。
一体どうしてこの後期資本経済の滞留しきった団塊老害社会がこれ以上、彼らへ恵むというのか。そうなったとしたら若者は絶滅するか、結果、服従する黄犬となった不良品しかのこらないだろう。

民衆へかたよらない精確な報道で正しい啓蒙を行うべき大量報道、いわゆる茨城新聞でもいわば利権の温存へ汚い手をつかっていないとは思わない。私、単に市井の日誌者の目にすらきわめて不正や不正義、おろかしさに満ちてすくなからぬ悪徳者である豊田氏へ好意ある特定報道を行うなどは、市民のみならず人類の尊厳にとって害毒だ。迷惑をとおりこして我々は詐欺されているとすらいえるかもしれぬ。
ばら新某記事によれば豊田氏の震災当日のアリバイはあれで一応供述とするにせよ、震災一週間は直接なにも市民へしなかったことをこそとりあげねばならないし、避難所を見舞いもせず、今度は選挙期間中に別の立候補をなにものかが殴るといった(これは確証ではないが、事件として広く報道されなかったので犯人がどれほど現市長周辺と関連するかは容疑にすぎないが)郷原ヤクザぶりなのだ。その肩を持つとは以ての他。
県内最悪の被曝地としてさっさと東海第二の停止を求めて運動を起こす。これが普通の水準の首長だろう。漁協の損害賠償につきあうなど、大津と関本地区の談合に時間を費やすなどろくでもない地元利権への種蒔きにしかみえない。事実その通りで、予測だが、公表されれば地区別投票率は大津関本地区が彼への支持が最大、他の地区は遠ざかるほど減ると思われる。

―――
*1 このweblogでも以前少し指摘したが陽子加速器とは凄まじく危険な設備で、ブラックホールができれば人類はそこを中心に絶滅し地球は消滅する可能性もある。だから理論の確証がとれない実験へは最大限に慎重たるべし、というあたりまえの倫理観なく安易に事業者をまねいている東海村は厳しく糾弾されねばならない。
 また、地方原発政策の黒幕へは敢えて言及しない。私は一人の日本国民として日本の官僚はおそらく世界で最も優秀な人種に入ると思う。だから彼ら「真面目に試験を受けて真面目に働いてきた」組織が自壊の方法論をとってしまったのは、歴史の必然ではあるが、免責したい心情だ。優秀な馬から落馬して責められる馬の方が可哀相ではないだろうか。それを使う者、使い方を間違えてきた者こそ本当には責められるべきだと考える。
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by smartestone | 2011-06-12 11:34 | 政治 | Trackback | Comments(0)

放射能測定のお粗末な下知指示

海開きしないから測らなくていいという。これだからという第一件目。ホント勘弁してほしい。老害は有り難すぎるので早々引退してくれ。一々市井の市民から注意叱責忠告されねば前に進まぬでは話にならない。こっちは仕事がはかどらなくなり、結局あしをひっぱられることになる。

海開きは公式には行わずとも、海水浴客や周辺の住民が少数くるのは誰でも予測できる。なぜ余裕をみつもって貴重なデータをとっておかないのか。特に、アルファ線とベータ線の値は最重要。
これらは経口摂取すればほぼ生態に留まりつづける以上、特にストロンチウムへは子供が摂取したら終わりという危険性がある。毒性を調べるのにお役所仕事も糞もあるか。

 市民が自分で高価な機器すら購入し、少しもわたくし利のない公益事業をしなければならない。これはもう完璧に政治の、行政の堕落以外なんでもない。自分以外にも、鋭敏な若者であればあるほどこの点に強い危機感と不満と憤りをおぼえるはず。3000万円も年収があれば、もし30代から40代の壮年がこの職責につけばもっと果断かつ精力的に鋭い判断をくだせるのがもう間違いない。
平和で何事もない時期には豊田系みたいなのろいのも良かれあしかれ談合には強いのかしらんが、こういう時期にいつもの大鈍でしかもあやまった判断を連発されるとさすがに我慢の限界がある。
しかも注意しにいくと今度は市民を見下した態度ではじきかえしてくるクズ役人どもが大勢やくざとして飼われている。かもめより、本気でろくでなしの腐敗した市政。
しかし啓蒙しようにも団塊は廃人のごとく下らんテレビ、又はなんにせよ遅れた国内大手新聞しかみない。どっちもマスゴミとヤユられる級の、特定資本家に寡占されたろくでなし大衆洗脳扇動メディアなのだが。

何か希望がなければならない。あまりに団塊支配の時代は暗すぎる。最悪の自殺率をほこる異常な国柄なのも然るべき。突破口は必ずあるはずだ。腐敗しきった市政をかえるための、若者へ道を切り拓き希望の光を見つけるための。
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by smartestone | 2011-06-09 23:51 | 政治 | Trackback | Comments(0)

放射能測定値誤差のはなし

柏市の空間放射線量をみると、北茨城の学校あたりでも当然これより高い値がでるはず。

県北地区の値と比べれば、3~4倍の誤差がある。
ある情報によると、ガンマ線以外の計測ではもっと高い値がでるが、最も低い値しかでない簡易計測器ではかった「意図的に低めの」値を政府が指導している形跡もある。詳しくは後述*1するが、実際にはベータ線とアルファ線をそれぞれ調べなければ結局、将来致命傷となる内部被曝へはほとんど効果がない。
誠実な市民防衛者なら計測可能な最悪の値から発表すべきだ。それが最善の安全策なのだから。

やはり今の市長は想像力も欠けている。市庁舎まえというどうかんがえても高台で、しかも一台のガイガーカウンターでしか計測してないみたいだが、それが精確精密な保証などどこにもない。新病院土建評狙い建設費用かこいこみ演説なぞやってる場合ではないかもしれないのに。
 複数の種類の計測器を購入し、市民各位にくばるか、最悪でも教員に自主計測させて生徒の総被曝量が1mSv以下になる様最大に力を尽くすしかない。遊説なぞしてる場合ではなかった。いつもこうやって老人だからかやつも後手後手にまわる。老害はさっさと引退すべきなのだが。


ーーー
各放射性物質の特徴。
ヨウ素-131     β線、γ線(キセノン-131変化後)   半減期 8.04日
セシウム-137    β線、γ線(バリウム-137変化後)   半減期 30.1年
ストロンチウム-90  β線のみ               半減期 29. 1年
プルトニウム-239  α線のみ              半減期 2.41万年

各放射線特徴と距離
α線 : 質量が大きく、正電荷を帯びているため、水中では通常短い距離(1 mm未満)しか進めません。紙1枚でもアルファ線を容易に止めることができます。従って、アルファ線被曝により健康影響が現れるのは、アルファ線を放出する物質が体内に摂取された時(体内被曝)のみです。
β線 : アルファ線と同様、主な健康影響が生じるのは体内に取り込まれた場合です。
γ線 : 人体の深部まで透過できるのでがんの放射線治療に広く使用されてきました

下記参照
■原子力資料情報室 ttp://www.cnic.jp/modules/radioactivity/
■財団法人放射線影響研究所 ttp://www.rerf.or.jp/radefx/basickno/whatis.html
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by smartestone | 2011-06-08 17:32 | 政治 | Trackback | Comments(0)

震災後の市行政へ

 防災無線というのがどれだけ使えるか、又どういうしくみで配られるか分からないがそれがあった方がないよりいいのは確か。
自分の経験上も、被災時で各地区から直接市役所まで行かないと孤立した各地域から連絡がとれなくなる。実質はその行路も塞がれていたりして容易ではない。

もう今の石頭市長では反省する力も期待はできそうにないが、1億超を光ケーブルの市中へ敷設などしている事業費用はあのかしらでは取りやめることもないだろう。
もしそれだけの費用をかけるなら日立市の如く各家庭へさえ災害用の防災無線として特注の品を配れるろうに。この時点で我々市民へ大変な心労をかける悪徳市長なのだが自ら立候補し当選さえするのだから末恐ろしい地獄の位に就いている。
 世界で最も恐ろしいのは身分違いの地位に就くことだ。何もできないのにありとあらゆる責任だけが背負わされる。自殺する職業人はこの身の程しらずだったという訳だろう。それでも降りる階段が現れる機会が幾度かあるものだ。
今回はその絶好の機会だったのだが、命しらずにも登ってきた。そうなら地獄の光景に遭うがいい。その苦難と恐怖は民間人の比ではあるまい。

 少なくとも、新病院建設および経営維持等へどこから借金する(それとも蓄積があるのか? 年次税収内で賄う気か、これを議員は徹底追求し市民へ全面開示せよ)気か分からないが、合法の域とすればその失敗はゆるされまい。
残念ながらこの市内には三権分立の機能に於ける「裁判所」の機関がいまだない。だからこれもできるだけはやく建設されねばならない。『北茨城市営裁判所』が要る。
この機関へ本来の不正の監視はまかされるべきだ。実質は内部告発ならびに外部指摘を待つほかないが、汚職をふせぐにはこれしか手段がもっぱらないのでやり過ぎはない。

 さて緊急の課題。
大津地区はあの行きづらい新病院とやらへ避難所をどうやら位置からいって彼ら専用に設置しようとしているからそれはまあよしとしよう。
 最も危険が高いのは中郷下桜井と駅の東側にある住居。この住民が逃げ込める高台代わりの4〜5階はある高層ビルをたてるしかない。
非常時をかんがえると消防署はこれへ付属か一体化させる手もある。
なおかつ、可能なかぎり放射能遮蔽の効果ある施設をかねて数十メートル単位で地下掘り抜き型の巨大空間、を設ける必要性もある。これがないと原発被災や水素爆撃他にはすこしも耐えられない。生物化学兵器に備えて最低でもHEPA以上のフィルターで空気ごと遮断されねばならない。
そして十分に厚い鉛扉で閉じられコンクリート遮蔽された地下の空濠へは食糧、水、簡易衣服、並びに非常用間仕切り、電池や蓄電池設備、可能ならば外気と配管でつながった発電設備が設けられねばならない。

 市行政は緊急時に電気停止で連絡手段がなくなるのを考慮して各地域の代表かその組織系統、または各家庭か個人と、そして避難所、近隣自治体や政府と直接無線電波で通信できる道具を備えおき、消防と救急、警察、市内の医者や専門家、学校教員、全民生員と緊急連絡がいつでもとれる状態におかねばならない。
考えられる技術として直通無線電波装置、衛生経由の通信網の二つが想定できる。この二つはより合理な方が選択されれば、もう一つを備えとして置く方がよい。もし置かねばこの場や市議で市長へくりかえし叱責のうえ制裁する必然性がある。
仮にこのどちらもの選択をしてもしなくとも、高萩市が運営しだしたFMラジオを市内でも受信できるとありとあらゆる手段で啓蒙し、周知率を市民の9割以上にしておく必要がある。
また可能ならば北茨城市でも独自にFMなりAMなりの局をもつ方がよい。これから電波域の解放がすすめばテレビ電波の利用も想定できる。実際に村や町単位で議会や演説のためにこれを運用している地域は国内へも複数ある。

 そして避難所は、現時点の最高の科学的想像による最悪時の災害地図ごと目印して小中高学校時代から啓発し避難訓練をしておくのは前提だが、地震以外の被災や戦乱へもおなじく最大の最寄り場所となる様これを保全や建設管理せねばならない。
現時点ではどれも使い物にならないほどで、完全に現市長の手抜きだった。それは先憂後楽の人徳ならびに判断と反省する力の欠陥である。この種の悪人ですら市長の座にいすわろうというのだから次々おそいかかる災厄の前ではいい度胸だ。それとも単に愚鈍なのかもしれぬが!
 さても新病院なぞへどれだけ金を借りるのか前借りか自身の給与全額返上は前提でどこから恐喝未遂でこれらの対策費をひねりだす気かしらんが、映画娯楽費用すらどこかから捻出できると言う。汚職なしにしなければならないし、当然恐喝であれそれは犯罪だ! 公正公平に正義と法律のもとでこれらの費用を豊田稔市長はどこかからもってくるべきだ。

当然だが極端な商業地域化などゆるされない。都市化されて住み心地がわるくなっては田園市民としてはたまらないのだから山の掘削にも森の破壊にも海岸線や砂浜のうめたてにも、遊び場である雑草のしげった空き地の売却へすら反対させてもらう。

これらのうえに、各家庭一人一人へ自宅用シェルター建設費用を可能ならば公益に類する義務づけから捻出できねばならない。大抵数百万円以上一千万円以内くらいの助成となろう。
どこからもってくるきだろうか? 豊田稔氏はその演説で「私以外に一体だれが復興できるのか」と言ったということ。そこまで自信があるならば、これらの「復興用安全対策」を必ず実現できなければならない。
さもなくば、5人が糞半鐘の使い物にならなさで犠牲にもなりはしなかったろうし、震災や原発情報の遅れで心労ならびに被曝はこれほどせずに済んだろうから! まだ我々はその謝罪の声すら一度も聴いていない様に思うが、当然豊田稔市長ご当人が全責任を負われるのであろうことは想像に難くない。

さらには、今回の被災で理解したこととして市役所付近への複数のルートを崖崩れや数十メートル高さの津波浸水から守らねばならない。ガソリンの備蓄も、緊急発電施設もいる。
当然避難所も改修がいる。あれは避難所などではなくただの剣道場で柔道場だった。ありえない手抜きと無能加減で心底憤る。安全を守る防衛者たる義務をほぼ何もはたさずに使えないやくざを何十人ものさばらせようとも、市民の命やその安寧を守れねばすべては台なしだ! 市役所の役人の市民奉仕への意識も根本から一切革命せねばならず、無能な職員と市民奉仕を怠るあれら緊急対策本部にたわむれていたやくざ連中は即刻首にするをえる。
我々の血税でくらう身分で市民様じきじきの要求を無視だと? たとえ地の底までおいつめても奴らが地上に顔向けすることは絶対あってはならぬ。あるならば人道に背くことその下なき。

さて、これらの初段に加え、避難所へはブラケットやエアコンなど空調設備、非常食糧や電池系統ならびに放射能や生物化学兵器による空気汚染から遮断できる十分な地下防空濠の設備が必需。それらの自家発電による機能も調整済みでなければならない。
 又、東海原発の動向にもよるが、花園をこえた西方向への脱出経路と、海の上を通った脱出経路へも十分な設備との事前確保ならびに予行演習の義務がいる。後者は、市有のフェリーか潜水艇、客船級の収容力ある複数の脱出ボート、それらへそなえつけた海上脱出の装備と練習用の説明員と書面の公布と周知、またそれらの維持費が是非必要だ。
西方向への脱出が路面で複数確保できる時期は遅くとも一年以内といえるだろう。原発事故がそれまでに東海村でも起こらない保障などない。なおかつ、ヘリコプターの完備と複数個のヘリポート、しかもそれは都市施設則にしたがって1/√平均化を施し市内のあちこちへ某目立つマークで立地されねばならない。
当然給水車もその空中経路もこのヘリコプターからの飛び立ちにタンク付随で可能でなければ。ガイガーカウンターの購入数はつねに市民の過半数以上であるべきだ。さらには生物化学兵器系の汚染にそなえガスマスクなど機密性の最大な空気遮断措置は市民全体数以上の多さである必需がある。こっちは遊びでやっているのではない。
しりあいや利益を横流した有権者の囲い込みで出来レースをした結果これらの全災害補償ができねばそもそも被災後に立候補などすべきでは到底寸毫もあるまい。犠牲者の為にも、徳義の為にも死亡者と一週間放っておかれた被災者の心痛へ酬いるの義理の為にもだ。これも「社会濃縮」とよべる一連の業が市長の一身に祟るということの真実の意味内容であろう。
当然、言うまでもないが高架による地域間の縦横断はなしえる状況が望ましいので高速レベルの避難路が全面から最短距離で建設されねばならない。各ハブの中央部として市役所付近がこの集積点として計画されるをえる。場合によれば国営高速道路へ接続せねばならない。
 そしてこれが最も先になるだろうが、海辺の全住民宅へ避難指示を出す無線警報機と、直接に各戸を回る勧告経路、ならびに専用ロボットがたくわえらねばならない。蝶々型の遠隔ロボットは放射能や生物化学兵器で汚染された地区の撮影観察用に無数に開発購買され民生員各位以上へじかに配られその技術透明化がはかられていい。
時間的にもっとも先に支出するをえるのは、すでに土砂災害などの危険性が高い緊急避難区域への各戸訪問による避難対策の通告とその具体的な崖崩れの土留め工事並びに液状化の人工地盤やコンクリート注射や負圧化と砂質土の改良や杭うちによる未然防止の手。これは直ぐさまするしかない。
 また、避難所で使う簡易トイレや実際に機能する現役のトイレの非常用の電源と水路の、それらの避難所自家発電か蓄電池による即時復旧の確保、そして衛生面での改善のため風呂シャワー室をどこの避難所へも完備し、可能ならば避難所にも簡易個室をもうけて仮眠できる状態以上にはしおくべき。食事室も同様。
当たり前だが医療室へ(石岡市民を反例に)防災法の条例での改良で最悪の緊急時には医師の処方前にも救急救命士には特定の救命活動が実行できる状態と備品を完備せねばならない。それ以前に、「とやまのくすり」を参考かじか導入で市民全員が薬餌上は問題ない常態をつくる必要がある。
そして磯原駅は瓦が単なるじかおきで地震で容易に崩落する状況ゆえそれらを屋根にいかなる大震災でもくずれおちぬ様、きつく縛りうちつける技術を実行にうつすべき。
給水所へはダムのみならず蓄えおいてたえず更新した買い置きの安全な倉庫の水源を確保しておき、それらの配給も即座でなければならない。また給水ふくめ専用の訓練を職員にほどこし、市民奉仕に背いた職員役人は即座に首か監獄に入れて反省させる又は罰金刑にするしかない。
市民の提案を上告ならびに自らの判断で実践できぬ税食いやくざも同罪。市民より自らの命や我をはった役人は全員監獄。校内暴力や虐め隠蔽や未発見教員も同様か可能なら最高刑罰で処す。これらは全額市長が全責を負って私で費用負担せねば道理が通らぬ。
まだ改修すればつかえる病院をつぶして豪勢に新築しても心配ないらしいから金は。それが嘘なら、市民の善意と信託をあざむくまこと大変な罪業であり最大限の恥辱を加えられねばなるまい。尤も、嘘なら人間としてさっさと謝れば済む話だ。それでも風説の流布であり虚偽の布告で過当宣伝行為で道徳は無論、既存法に抵触しないとは限らぬが!
また、炉心融解が3.12にはすでに起きていたのをみれば被曝量はこれまで発表されたより甚大なので東京電力株式会社と現政府とへ、市民全員の健康被害の追跡調査とともにその全額ならびに賠償金を裁判であれなんであれもらわねばすこしも道理が立たぬ。
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by smartestone | 2011-06-07 00:38 | 政治 | Trackback | Comments(0)

老衰しゆく国からの展望

老大国となった少しまえのイギリス人のきもちが大変によくわかる時勢となった。日本も、こんな地方でさえ進歩主義は保守保安より力をもてない。こんなに小さくてすら判断を誤り致命的に衰亡へ向かっているわけだ。
これから一世紀はこういう雰囲気が、国内ではつづくとみられる。理由は、国内で権力も金ももっているのが多数派を占める老人だからだ。この世代は団塊とよばれていい。

 結局現代日本の抱える問題の9割は、この団塊支配による老衰化にあるといえそうだ。
 単に老いただけで判断が鈍るのは言うまでもないが、日本人が歴史上残念だったのは、イギリスともちがってこの衰退が急速急激に、しかも悪いかたちでくると予想できること。ベビーブームをつくりだした某政治家のわざわいとも捉ええる。
この団塊は、網記内でもくりかえし指摘し分析してきたがあまり道徳に長けた世代ではない。むしろ大いに他世代より劣る。かつ単に、貪欲である。金を儲けるしか目当てはない。いわゆるeconomic animalとヤユられてきている集団。

その集団に加え、子世代がまた団塊jr.として目の上のたんこぶ。この世代もまるきり似た性質をしていて、文化教養には感心が薄く、利己主義でしかも品性が決して高くない。貪欲で労働者階級的偏見をもち弱者をそしり品行も、能力もすぐれない。勿論一般論だが。

 日本社会を考えるひと、その改良対策をねるひとは上記の意味を精確にとるべき。この二段になっている膨張した不良債権式世代をなんとかしなければ、いわゆる進歩の國、模範に足る成長頭というものへは永遠に至れない。

生物学でいうと、偶然の要因でこの二段のたんこぶが強制除去された時だけ、ほかの世代がその生態すきまへ進出でき、本来の社会秩序や道徳水準を期待できるだろう。今回の選挙もまったくこの構図のとおりで、多数派は「団塊」なので悪徳であれ自己正当化させてしまうわけ。
 我々は科学を武器にするしかないと思われ、この様に緻密な対策をねって効率よくこの二段のたんこぶの横暴を押さえ込むしかない。知識人の卵らよ目覚めなさい。社会淘汰とはよくいったもの、結局自然の偶然によらぬならその種の人為な手段でしかありうべき秩序を回復することはできない。

少なくとも、以上が理解できる相には前提だが、いわゆる「資本経済」のしくみはまったく日本国やその地域に益するところはもうあまり高くないだろう。当然その種の横暴を独占や寡占率により強化するばかり、ありとあらゆる社会内流動性は低まる。既に経済量で追い抜いてきたイギリス後期近代社会の史実は、疑い様もなくこの前例だった。
風紀すら低落し、何をしても不正や社会矛盾を変えられないといった絶望感や悲壮感の中で多くの若者はひどい反社会性へ溺れる。この事態はもうはじまっているとみていい。アングロサクソンが薬物汚染にまみれた如く、東京辺ですすんでいる性的退廃は倭独特の無信教層にはびこったその堕落の端緒だろう。
国政のみならず、最も若者の比率が高いはず都の衰えの顕著ないわば老害構造に及ぶ趨勢は我々へ、他山の石たる他国が経過している歴史の教訓からいかに自身が適切な社会体制への適応進化をはたせるか、その上に於いてしかおよそいきのこれないとしらせている。
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by smartestone | 2011-06-06 11:03 | 経済 | Trackback | Comments(0)

知的活動の大事さ

 ある特定の市民をみていておもうのは、この市内の教育者、つまりおもに公立学校を介して市民から雇用された教師は必ずしも知的好奇心を生徒らへ啓発できてなさそうだということ。

最も根本でいえば、教育者はそれさえできればもう役目の9割は終えている。生徒らは自らの力で学問を続けていけるだろう。

 福沢の実学思想と、それ以前の中華官僚振り落としの為の科挙試験の影響が、現状日本人の中で好学心というものを奪っている。しかし単に自慢や知識をてらう為のものではなく、探究する心としてのそれが本来の人間の営みであり最高の徳:のり なのだ。

例えば、日本人がおもな高給とり大企業で新卒至上主義の採用規則を持ち続けているかぎり、多くのひとは子供時代から詰め込み学習での大卒学歴を必死で奪うべく育てられてしまう。このしくみは、もはや一個人ではかえようもなくおもえ、感受性や反省力のつよい青少年は型に嵌めこまそうなくらしへ絶望感にうたれたりもするだろう。
自分が経験したところでいえば、当時のロックミュージックの歌詞や表現の中にこの疑問点へのいいおよびがあったので共感したりもしていた。現状でいえば(おもにはBUMP OF CHICKENとか中期のRadio head等の)若者の代弁者的なバンドがこういう役目にあるのか。
 しかし、それは慰めであり、本来のしくみへの解決では必ずしもない、というのも一つの真理。じかには、彼らロックミュージシャンは音楽商売をやっているという矛盾した立場にあるだけで、弱者の本音を大声で代弁しわめいてはくれるが、しくみそのものを理論的に解決し社会をいつもかえるわけではないわけだ。

例えば、ケインズという経済学者がいた。かれは自由経済下での不況へ、一つ明白な対策を著作『雇用利子および貨幣の一般理論』で提出し、実際にしくみをある程度よりよくかえるのに成功した。
多くの経済学者は、或いは自分も興味の一つとしてそうだが、どうやれば完全雇用や人々の幸福が増大するかを日夜考え資料や統計を分析し過去の文献と著作からヒントを探しつ研究している。そして実際に真理がみつかれば、それを広めた途端、そこが起点になって社会は確かにかわる。

この二つの例を見比べると、ロックミュージックなど若者音楽は感情表現として、成長期や思春期にあっては特に強い慰めとか憧れだが必ずしも社会改良への具体策ではない。むしろその歌詞や音楽技術をおしあげている思想と学識が、直接社会をかえていける原動力といえそう。
 欲求不満をより社会貢献として高級な仕方で発散する。だから若者文化の中の芸術表現は他の反社会行動よりも、人類の平和にとって有効すぎるほど有効だ。しかし、それにもまして、普段から教育者は「直接に社会を改良できる力」としての学問、特に各科学の力を啓発すべきだ。
それさえできあがっていれば、学業過程を一時放棄した子供もいつか知的好奇心をもてる記憶をおもいだすときもあるかもしれない。まるで火が燃える理由をはじめて知ったときの様なものだ。

こういう人間を啓発できる学力の核心を知識や道徳自体の限界と共に程合いあれど信じ、あるいは実際に目の当たりにできた教師は受験勉強だけをまなぶべき本当の理由とは思っていない。単に生徒のおかれた家庭や素質の場合によって、より学習継続に時間を割ける方法論としての進学行動を擁護はするだろうが、就業行動とは別に、もともとの学ばれるべき大義とは社会をよりよくできる力としての学問への信念と。
郷英高校の生徒をこないだ震災時にみぢかで観察する機会があったが、燕の如くどうもかれらの半分以上はなんでもない恋愛にうつつをぬかすばかりで今書いたことなどへはちっとも、ほんの片鱗すらも及んでない。それは教育の失敗、といわれなければならない事態であり、すぐに改善がいる事態である。恋愛? なるほど、猿でもやっている。

 人類がほかの生き物とは画然とした威厳は、その二足歩行から自由になった手作業を活かした知能行動という部分にあるわけで、どの高い技術の根っこにも知性がある以上、知識を求めるのを愛する事は他よりも人間らしい行いや慶びとしてできるだけ啓発されるのが自然と思える。よく頭でっかちとか口先だけとかろくでなしな反論としていわれる道徳そのものも、劣った知識の程度問題からの理説にすぎない。もしそうでなければ人々は科学知識という理論そのものを軽蔑し、原始人にもどればいい話だ。
くりかえすが、技術や工学、つまりtechnologyの一切は全面的に当時の理論科学によっている。酸素がわからねばライターは到底つくれなかったし、光の屈折がわからねば眼鏡も、蒸気によるピストン運動がわからねば自動車も当然つくれなかった。使う側にしてもそれは程度あれ同じで、エアコンが電気で圧力を与えた冷媒間の熱交換をするしくみをしらずに使う者はまた締め切った室内で練炭を燃やし不可思議なる一酸化炭素中毒により呆気なく死にもすることだろう。偉そうなこと言ってる様だが実際そんな事件も、しかも引退した教諭らしき方にしばらくまえ中郷下桜井辺かであったから冗談になってないが。
実際、日本や欧米の自由経済社会版の就業資格としての受験や学歴のしくみを除けば、単に知的好奇心だけが学校で教わるべき態度といっても差し支えないのではないか。
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by smartestone | 2011-06-03 06:39 | 経済 | Trackback | Comments(0)

北茨城市と教養産業

放射性ストロンチウムや同じたちのプルトニウムなどをかえりみれば、ほとんど半永久にこれらは生物濃縮が進み、実質はもうこの付近で漁業を続けることは現実的でない。

 一つの小さなモデルケースだが、いまの磯原地区を模範にして少なくとも北茨城市域では商工業ナイシは教育や医療業態の地区へ方針転換する時期にある。常磐炭鉱時代からわりとなめらかにこの経過が進んだのがいまの磯原だった。

おそらくだが、水俣市と同じく福島県周辺では風評もあり又事実上、半減期のほぼ永久にこないプルトニウム他の放射性物質が生物濃縮されて海洋生物、特に遠洋へ移動しない深海生物にはたまっていくので、この領域で取った魚類をたべる習慣そのものが廃れざるをえないと考えられる。
 我々がしらない、特に放射線にくわしい物理科や化学科の権威でもまだしらない未知の放射能がいままでしられていない放射線物質としてこれから検出されるかもしれず、多くの安全策をとりたい人間は、浜通り付近でとれた農漁業品を直接たべたくはない、のが人情である。
これは、現在でも水俣市や四日市市という公害の実在したブランドを消費者があえてえり好みしないのとおなじ理の当然。すなわち、冷静にみれば北常磐圏はもう第一次産業でやっていくことはほぼ不可能だろう。
他の地域、北海道から沖縄まで又海外にもこの農漁業品目の競争相手がほとんど無数にいるうえ、この領域でのブランドイメージはきわめて悪いし実際に商品に傷があるのは確実というのはなりわいとして終わっている。

農家は勤労の習慣のためか意外と転身がはやいからどうかわからないが、特に漁協の解散やその成員の後の所存というのが難しい。その地区、つまりこの市内では平潟と大津地区へはなんらかの人工的な産業転換の政策が有効か。
 磯原地区でいえば、工場用地の確保というのが一つの念頭にあったわけだ。その被雇用者を含む自営業者らの市街地がひとりでにいまの駅のあたりへ広まった。大体15年前の時点で磯原とはほとんどなにもない野原だったのだから発展したといえばしたもの。
商店街の衰退と郊外型店舗の流入という日本の地方都市にありがちな風景は中郷にかけてはひろがっているが、磯原地区へ残ったのはおもに自営業者であり周辺の工場やそれに類する企業、或いは教育施設に雇用された近隣住居地区だったといえる。

そして大津平潟区では、もし人工的な手を加えずともこれに類した方法へ進むしかないと思われる。いままでやっていた鮟鱇料理などは、生物濃縮を心配すれば眉をひそめる様な恐ろしいものに変わってしまった。
 一つ、自分が危惧するのは小名浜の影響だ。あそこには遠洋漁業の反作用なのか、絶滅寸前ではあるがろくでなし接客業が存在したという聞こえがある。(実際、雨情の全集の教訓などの資料によると今現在の童謡館がある辺りの温泉街つまり湯本も必ずしも立派な風紀の地区ではなかったらしい。子供がすぐれないおとなのまねごとで遊んでいたとある。おそらく雨情自身がそれをみて心を痛めた経験があるのだろう)。
それらの産業構図をまかりまちがって移植などは最もこの市の品位なり文明文化の程度なりをひきさげる最悪の手だ。というかそれ以前に実質違法(法律とは最低限度基準で当然それ以上に社会はなければならない)なのに、福島県警がどういう道理でか見逃しにしてきたにすぎない。
 ところでそれと異なりすでに実現しているが、天心焼(これもこれから放射能の土壌への影響を調べる必要がある)とか磯原のギャラリーミュゼあるいはガラス工房シリカや天心記念美術館等、芸術品や工芸品への製造販売業という立派な仕事の転回という方がはるかにいい。
要するに、第三次産業そのものを強調しすぎると金回りとは別に致命傷を負うので勧められないばかりか市政や県政、国政の側が積極的に禁止しなければならない。
 この点でも、どの程度の職業上の確立がみられたにせよ一詩人を輩出している磯原地区の方が模範に足るといえる。現時点に於いて日本国民の多数は団塊とそのjr.という‘金銭を好む’生活態度の持ち主(エコノミックアニマルとからかわれるわけ)だから仕事になる確率は低いが、精神を好む国民がなんらかの偶然や機会のために国内の資本をもつ者の中に出現すれば、単に詩集の印税なり売上ですらも生活することができる日がくるだろう。
 この程度への上昇には、教育というものが前提になければならない。だから最も妥当でまた功利なのは、教育産業というものをその高等教育に付随した医療の発達と共におもに奨励することになるだろう。

例えば出版等メディアや講演会、コンサート等を含めた総体でみれば、教育産業とは必ずしも学校の立地とかその中での活動だけではなく、教養を高めるのを目的とした仕事の全般といえる。博物館とか図書館、メディアテーク、美術展や画廊、ライヴハウスやピアノ教室、画房の貸し出しとか画材販売、楽器や書籍や手芸品の店舗経営等も大学のみならずこういう教養産業に入る。
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by smartestone | 2011-06-02 21:11 | 経済 | Trackback | Comments(0)