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バイオマス発電所からの振動公害発生の可能性

 かるい振動公害(みみにきこえるほど家具などが振動している)というものが、パワーステーション茨城というバイオマス発電所周辺の民家から指摘されている。その発電機が原因かは不明だが、この発電所が建設されるまえにはそういった事例がなかったことから、かなりこの会社から発生している確率がたかいといえる。
 茨城県民は首都圏に大量の電気を供給してきた実績があるが、公害を受ける場合は容赦なくその発電所をつくっている東京都民をせめ、ばあいによっては住民運動でおいかえすべきだ。
 以下、資料。

震災後の東京電力の供給能力:3500万kW程
茨城県内の一般家庭の電力総需要:50万kW
茨城県内の発電施設の主な発電供給出力:757万kw
(内訳
 鹿島火力発電所:440万kW
 茨城県・東海村にある東海第二原子力発電所:110万kw
 常陸那珂火力発電所:100万kW
 鹿島共同発電所:105万kW
 パワーステーション茨城:1.5万kW)

山梨県   86万人
群馬県  201万人
栃木県  201万人
茨城県(東海第二原発ほかで首都圏へ電力供給)297万人→需要50万kW
静岡県  377万人
(以上5県の人口1200万人→電力需要200万kW)

千葉県  622万人
埼玉県  720万人
神奈川県 905万人
東京都(電力浪費で茨城の電力をむさぼる驕れる首都)1316万人
(以上4都県の人口3600万人→電力需要600万kW)

 一般家庭の電力総需要は800万kW(23%)にすぎません。これを5グループにわけて停電を強制した場合、23区も含めても節電効果は160万kW に留まります。一方、大企業に使用制限をかけた場合、オイルショックのときの実績で15%の節電効果が確認されていますから、この時期の需要量を4000万kW とした場合、それだけで600万kWの節電効果が期待されるのです。

 本当に節電を目的にしているならば、600万kW の節電が期待できる「需給調整契約の発動」の方がはるかに有効な方策だったといえます。

東海第二発電所は、日本初の大型原子力発電所として1973年4月に着工(第1回工事計画認可)、同年6月に建設工事を開始し、1978年に営業運転を開始しました。

運転・定期検査時の作業性向上やコンピュータを用いた放射線管理システムの導入など安全性や信頼性の向上が図られています。 沸とう水型原子力発電所1基としては日本最高の総発電電力量の記録を更新中です。

運転開始時からの運転実績
発電電力量合計: 2,269.7億kWh
平均設備利用率: 70.6%
平均時間稼働率: 71.4%
(2012年3月末現在)

発電所概要
電気出力 110万kW
原子炉型式 原子炉型式 沸とう水型軽水炉(BWR)
燃料 低濃縮ウラン(約131トン)
営業運転開始 1978年11月28日
送電先 東京電力(株) 東北電力(株)


引用元:世界の環境ホットニュース[GEN] 791号 11年3月28日
http://melma.com/backnumber_90715_5142774/
日本原子力発電株式会社、東海第二原子力発電所、発電所概要
http://www.japc.co.jp/plant/tokai/dai2top.html
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by smartestone | 2013-03-29 08:29 | 政治 | Trackback | Comments(0)

保護すべき貴重建造物

 磯原中学校よこにある石造のくらは、様式からみて、明治・大正時代以来のものかもしれないので、所有者が保護するのが困難なばあい、市がかいとって歴史的建造物として、郷土博物館などの用途として保護すべきだ。以前はとなりに市役所があったため、その関連物の可能性もある。
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by smartestone | 2013-03-28 16:09 | 政治 | Trackback | Comments(0)

体力日本一の茨城

全国小中学生体力テスト(平成24年度、2012年4月~7月)
茨城県
中学生男子1位
中学生女子1位
小学生男子2位
小学生女子2位

実施された種目
握力
上体起こし
長座体前屈
反復横とび
20mシャトルラン
50m走
立ち幅とび
ソフトボール投げ(小学生のみ)
ハンドボール投げ(中学生のみ)
(※ 中学生は持久走か20mシャトルランのどちらかを選択)
http://networksansaku.seesaa.net/article/353138580.html

http://sankei.jp.msn.com/region/news/130323/ibr13032302230003-n1.htm
小中学生全国体力テスト 中2男女とも1位 小5も2位 茨城
2013.3.23 02:23
 ■各校取り組み成果

 文部科学省が22日に公表した平成24年度の小中学生の「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」(全国体力テスト)で、茨城県は中2男女がともに1位、小5男女も2位と好成績となった。小学生、中学生ともに前回調査よりも順位を上げており、県教育委員会は「各校の体力向上に向けた取り組みが上位に入った要因の一つ」としている。

出身都道府県別、夏季オリンピック金メダル獲得者ランキング
http://matome.naver.jp/odai/2134340137697855501

■集計条件
団体・チームでの金メダル獲得は計上しない。
個人での金メダル獲得のみ集計しています。
全ランキング

1位:8人   北海道
2位:7人   茨城県
3位:5人   愛知県、福岡県
5位:4人   秋田県、東京都、熊本県
8位:3人   群馬県、静岡県、大阪府、和歌山県、広島県、山口県、奈良県(1)
15位:2人  青森県(2)、千葉県、新潟県、三重県(1)、兵庫県、愛媛県、宮崎県、鹿児島県
23位:1人  宮城県、山形県、栃木県、神奈川県、山梨県(1)、岐阜県、石川県(1)、岡山県、徳島県、高知県、長崎県(1)、佐賀県、大分県、朝鮮

 これをもとにかんがえて、将来は茨城県を首都圏の五輪選手要請地区として指定していくのが賢明ではないかとおもう。東京五輪が誘致に成功するにせよしないにせよ、それと協調するにせよしないにせよ、茨城県で五輪をくりかえしおこなうことを前提に五輪競技のおもな競技場・練習場、特に体操の様、種目数がおおいものを優先的に県内へつくり、じもとのすでに体力が全国一のこどものうち才能と努力の能力があるひとをえらび運動選手へ精鋭教育すべきだ。
 五輪選手のかずもあと1人が金メダルをとれれば、茨城が北海道以上となり、全国一の金メダル選手出身者数となったのだから、単なる知恵によって競合的にのびられる余地なのがたしかだ。

 この茨城人が全国一の体力をもっている、という試験成績の結果・あかしは、今後も維持し、かつその長所をこれからものばしていくべきだ。体力がたかいということは健康性とも比例するはずなので、これからも決して欠点にはならないだろう。

追記
 ただし、茨城県の教育委員会からのプログラムというものは、運動がにがてか、病弱なこにとっては全体主義的統制のわるい影響を感じられることにもなりかねない。いいかえればこの「教育組織」からの強制というのは可能なかぎりやめねばならないだろう。この分を、十分なのびはばのある生徒の長所をのばす分へあてても、総合結果はおなじだからだ。つまり、総合結果は
底上げの成績向上度=英才教育の成績向上度
なので、教員はばあいに応じて適宜どちらがより総合結果をのばすことになるのか、最良さを選択すべきだ。
 大事なのは、個人個人の健康状態や個性の能力はばに応じて、それぞれの限度での運動習慣づけという教育性にとどめることか。運動がどうもにがてなこどもへは、単にやすみ時間や放課後での、先生らとの散歩の習慣づけをあたえる程度でも十分、どうしても運動したくないこへは「個人的自由」の範囲内でたのしんでsportsをおこなうのが最善とおもえる。そもそも、このsportというのはたわむれ、つまり古代ギリシアで自由人たちがあそびでおこなった競技が語源でもある。
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by smartestone | 2013-03-28 09:17 | 経済 | Trackback | Comments(0)

磯原中央公園の事故防止フェンス

 磯原中央公園のまわりに、できるだけたかいフェンスをもうけるべきだ。路上と平面的につながっているから、ボールが歩行者にあたりやすく、事故を未然にふせぐ必要がある。
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by smartestone | 2013-03-28 04:17 | 政治 | Comments(0)

新憲法論

 まつりごとは、先祖をまつることだとすれば、この政治の語の意味のうち、特に政にあてられているおこないは、いわゆる祖先崇拝をうちにふくんでしまっている。しかし、互恵的利他性がこの血縁をおなじくする度合いに比例してしかうまれないとすれば、すくなくともおおくの生物でそうなわけだが、このおこないこそが「政治」の原型でもあるのだろう。
 ところで、このまつりごと概念をもっともはなれているのは、実はキリスト・救世主であるジーザスの思想。ジーザスは単に祖先ばかりか血のつながった家族よりも万民・みなを優先させようとした。この結果、『旧約聖書』のアダムとイブが神から楽園をおいだされたという原罪のおはなしの解釈のうえでも、キリスト教では祖先崇拝を悪徳とみなしてきた。

 いいかえれば、まつりごとはキリスト教とはちがっている。

 ここで、信仰心や道徳心があつい者は一体どうすればよいのか。おおくの西洋諸国のうち、一番宗教心が政治権力と分離した思想としてprotestantism・抗議派思想は、その妥協水準を「政治は宗教ではない」とさだめた。政治は現世的権力で調整をつかさどるものであり、宗教は前世や来世つまり過去や未来もふくめてそうするものであり、この2つはわけておくのがたてまえになった。こうしてキリスト教の貴族である教皇はもともといたわけだが、ヨーロッパで王族と共存しながらもこのひとたちはわかれていった。そして抗議派は、さらにこの王族による支配も否定しようとした。もっと純粋にかみさまだけから統治されるために、アメリカへそのひとたちはイギリスから移住してきた。

 このアメリカから間接統治された結果、日本は「まつりごとと、抗議派思想を同時にもつ」というとてもまれな憲法をもつことになった。この複雑性が、わたしたちのこころや、その生活をさいなんでいる。たてまえはもっともふるい系図をもつ天皇に政治的にへりくだらねばならないが、抗議派思想のため同時に自分たちが純粋にかみさまを信じる主権者でなければならない。この異常な状態、いたばさみ心理が、太平洋戦争後、68年間つづいてきた。現代日本はねじれているのだ。
 実は、いま自民党が憲法をかえようとしているのは、おもにつぎの2つのわけによるとわたしはおもう。
 1つめは、山口県からでてきた安倍氏が自衛隊は軍隊ではなく自警団であるという憲法のたてまえをなくして、それを公式に軍隊とみとめてしまおうとしていること。これは安倍氏が海外にいって外国人から、「おまえのくにの軍隊はどうしてる」とかいわれたとき、「いや軍隊なんてないたてまえで、いやでも本音でそれはあるけど、戦争はしなくて」とか、複雑な返答をせざるをえなくてすっきりせず、面倒だからだ。単に自警団というなまえにかえればいいだけだとはおもう一方で、安倍氏ふくめ首相になればその本人は自衛隊という名だろうと日本軍という名だろうと、あるいは国防警察という名だろうとその自警団を指揮できる。だからこれをアメリカなど外国からこいといわれてどこかに派遣して、現地での戦争の後方活動支援にはいるのにも、わたし個人はこれが不義理やよわいものいじめの一端であるとしっているため無論反対だが、すでに小泉政権でイラク戦争後方支援の実例があったよう「現憲法で支障はない」のが現実なわけだ。日本では侵略可能な軍隊あつかいしないが海外ではときにそれを軍事目的にふくむと定義されている一般的軍隊あつかいしてくれ、たとえば復興支援活動にいった現地でも戦地補償してくれというのは二重基準とおもうかもしれないが、実は安倍氏は「他国の戦争に加担すること」がきわめてつみぶかいとはさっぱり理解していない。これはこのひとが吉田松陰ら植民地侵略思想や倒幕思想をもった過去の山口のひととおなじで、暴力をふるっても別にいいものだと信じきっているため。山口のほとんどのひとにとって、暴力equal権力なのだろう。勝てば官軍とはそういう意味内容のことばだ。おそらく、この安倍氏の暴力への勘ちがいは、いずれはだれかなにかによって制裁され、安倍氏はこころから反省することになるだろう。わたしのしるかぎり、慶喜公の出身地である茨城のひとや、あるいは隠居地である静岡のひとはこころのどこかで、「負けるが勝ち」であるとこの真逆のかんがえかたをもっている。これは系統樹のちがいだ。本当に大事なのは他国の戦争を、最大限に暴力なしにやめさせることだ。慶喜公にはそれがわかっていた。それがどうしてもできないときでも、暴力以外の手段をすべてつかわねばならない。それでも無理なときは、いろんなくにの会議からつくられた政治機関である国連へ相談しなければいけない。これは国内でいえば家族会議や市町村役所、都道府県庁、日本国政府なわけだが、暴力をつかった途端それは悪事に加担したことになってしまうからだ。
 2つめは、実は安倍氏もそうなのだが、特に麻生氏が皇室の近縁だからだ。このひとは皇室、つまり天皇の家族と血のつながった親戚だから、できるだけ親戚をよりよいたちばにしたい。この点でかれのかんがえかたは寡頭主義的マキャベリアン・もっと端的に財閥政商の典型といってもいいほどなのだが、とかく「まつりごと」は祖先崇拝だからどうしようもない。だから麻生氏は憲法を天皇主権とし、たみは天皇という主人から支配させるという最高法規にかえてしまおうとしている。勿論政治好きな麻生氏もあるいは皇族のなかで世襲寡頭政治がうまくいくとおもいこんでいるひとも、それなら自分たちが統治者の役につけるから大満足なわけだが、麻生氏はこうして民主主義を否定して憲法を単純化しようとしている。一応つけくわえておけば、この麻生氏は薩摩藩・鹿児島県の大久保利通というひとの子孫で、安倍氏は長州藩・山口県にすんでいたひとの子孫だ。この鹿児島と山口は明治のとき、イギリスやほかの外国あいてに戦争をしかけて降参し、イギリスから武器をもらって逆に日本へ戦争をしかけた。こうしてかれらはよわい武器しかもたない日本人を問答無用でおいはらい、したがわなければころし、明治以降、ほとんどの政治家をかれらだけでしめてしまった卑劣な覇道の歴史がともにある。

 こういうことをかえりみて、わたしはこうおもう。天皇は宗教家あるいは古代から連綿とした神聖宗長の末裔として水戸において、まつりごと、つまり先祖をまつる儀式のなかで永遠に保護する。政治は皇室典範や天皇の条項をなくしてその儀礼的皇帝制度の本質をめにはみえない暗黙の不文律とし、いまある政治機構は国民による国民のための「現世」の権力調整機能に限定、祖先崇拝から形式的にきりはなす。そして他国の戦争に加担可能にしないために平和憲法・いわゆる憲法9条の「国際紛争を解決する手段としては武力を永遠に放棄する」をのこす。自衛隊は自衛軍なり自警軍なり、あるいは国防警察軍なり名称変更にとどめる。こういうことがいい。
 水戸ではなくて京都にしたら、という意見があるかもしれない。けど自分がしるかぎり、京都のひとびとは天皇へ日本で一番好感をもっていない、共産党の投票率すら日本一たかい。しかも天皇家の本当のふるさとは奈良だから、かえらせたまうというのがもし国民世論なら、かれらはそこにかえるのがもっともすじがとおっている可能性すらある。さらには大阪や神戸も、東京とおなじく一時的に御所だったことがある。いいかえればいまの京都というのはかりのやどりだったし、ひとびとがおもいこむほど特に必然性があるわけでもない。双都構想というのもあるが、これは自分はやめた方がいいと感じている。二兎を追うものは一兎も得ないからだ。あらためていえば、二都を負う者は一都も負えない。明治のときすでにこれが前提で天皇は東京にきた、となっているが、この時点でまだ16歳だった明治天皇近辺、具体的には岩倉具視だろうけどそのときこうかんがえたはずなのだ。関東地方、特に大商圏の江戸をあのままにしておけばかならずまた関西地方が実力でくつがえされてしまうだろう、よってそこへ優先して天皇を移動させてしまえ、と。徹頭徹尾、明治天皇は利己的暴力性で地位にともなう税収を独占する目的で、やってきたのだ。もしそうして日本全域を独裁するつもりがなければ、慶喜公はあれほど徹底して朝廷へ忠だったわけだから、関東では徳川家の伝統的武家統治をまかせておけばよかったのだから。
 自分がモデルにしようとしているのはイギリス王室で、かれらは大都ロンドンのすこし北にある田園バッキンガムシャーに宮殿をかまえているので、これが自然を愛するこのましい趣味の模範を、世界の国民にあたえてきているとわかっているからだ。そしてこの点は、実は水戸の徳川家もおなじだった。このため茨城県ではすばらしい自然と田園風景がのこされ、偕楽園という天下一となるだろう大公園もつくられのこされた。
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by smartestone | 2013-03-25 05:51 | 政治 | Trackback | Comments(0)

高萩市長草間氏と北茨城市の位置づけ

 高萩市長草間氏の故郷を想う気もちは本物だろう。そして国から選定された高萩市を害する事態への一連の対応も、おちついたものでかつ意見が明晰であり、すぐれている。
 国家の大計からみると、環境省のひとは人口比が関東南部より相対的にすくない北部へと廃棄物をおしつけようとしたわけだ。これに対して、実はこの北部のひとは「あえて人口比がすくない、自然環境のゆたかな場を愛して」そこにくらしてきたのであり、決して人口比がおおいということをさきんじる価値だとはおもっていなかった。どちらかといえば人口比があまりにたかい、つまりごみごみした世界というものはきらっていた。それは生活しづらい場をつくるあやまった思想のせいであって、一段はおちる価値だとかれら関東北部のおもなひとは信じてすんだところがあったろう。しかし、特にふるくから関東、いまでいう首都圏にすんできたひとたちは、同時に徳川家康公が「関東八州の神になろう」と大権現にまつられた時代からこの一体性をおもんじるべきだ、と郷土性を感じるこころが、すくなくともあるだろう。はっきりいえば江戸だけはその統治場としてむかしもいまも江戸のそとへ、もっと中華的だったかもしれないが、利害をこえて天狗党がわざわざ先祖まいりしたのも実際、関東の徳川統治への報徳心が理由だっただろう。無論これよりさらにさかのぼればことなる過去の系統樹がでてくるとしても、近世においては。
 ところでこの2つのかんがえかた、人口比の高低がよしあしどちらかについての価値観だが、巨視すると都市地方と田園地方の趣味のちがいにいきつく。特にイギリスというくにでは、この両方のうち、王室が田園地方・カウントリーサイドを愛する趣味を伝統的にもってきたので、こういったいなかいじめということは日本よりおこりにくいか、その不道徳性が理解されやすいはずだ。ところが日本は皇族がみずからを中華思想、日本版でいえば京都思想でかこい、すくなからず周囲が巨大市場化されたうえでほかの地方を「夷・えびす」とさげすんできた。このため、天皇統治に帰順するかぎりで、過去の文化系統樹として環境省がした様な田園地方をかろんじるかんがえかたが容易にその統治方式のもとへあらわれてしまう。皇族のおさである天皇が日本国の象徴と憲法化されたからだ。

 草間氏の事態へ対応したおこないは大変すぐれていて、この象徴性をたくみに逆用し、水戸の系統的な貴族である徳川氏とともに、田園をかろんじる国家の不徳を糾弾した。これは、草間氏として本当に特筆にあたいする業績だ。そしてかれは常陸松岡城をとおして、いまでいう高萩市内の在住者がかつて、茨城県北部のおさをまかせられていたことをこの一連の系統的反論の具とした。ごくすじがとおっている。あたまがいい。そしてこの高萩市という場所は、県北三市つまりかつての多賀郡だが、ここのほぼ中央に属していることから、そこがやがては県北の政治都市として発展していくことも想像しやすい。
 北茨城市長豊田氏は、みずからこの草間氏に賛同の意をさきんじて表したしるしがわたしにはみえなかったので、結局、高萩市の犠牲をみまもるというひどい行状だったともいえなくはないかもしれない。勿論、わたしがしらなかっただけでかれは具体的に草間氏へ具体的協力をしたのかもしれない。要するに、わたしや、もしかしたら市長をふくめ、一部の北茨城市民は高萩市よりも日本国を優遇した。これは大局的にみれば「大義」だが、局所的にみれば「不仁」だ。大義(よのためひとのためおおきなよろしさにつくすこと)と仁(まぢかのひとをおもんじること)、この2つの道徳的価値が拮抗したとき、ときとばあいによるわけだが、それは大義をえらぶしかなかったかもしれないが、かといって不仁であったことを自責しないべきではないだろう。この大儀な行動は単なるマキャベリズムや武士道からみれば評価されるかもしれないが、ヒューマニズムや儒教からみれば消極的にではあるが、なんらかの隣人からの心理的せめをせおわざるをえない。よって、高萩市およびその市長草間氏には県北における中央政治的な地位をゆずるべきだ。

 過去の伝統、すんできたひとのめだった業績のわずかなさあるいは自然特性の微差から、北茨城市はおもとして美術的・芸術的な文化都市面へとみずからの役割を任じるべきだとおもう。「学問」という価値は、いわゆる旧水戸藩の領域ではどこもかなりもってきたはずだから、勿論北茨城市でも採用してもいいとおもうけれど。赤浜の長久保積水邸は北茨城市との市境にあり、行政区の形式的な都合上たまたま距離的に北茨城市中郷駅の方がちかいわけだが、この点ですでに立派な顕彰をおこなった高萩市とは今後も、連携していくべきだ。
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by smartestone | 2013-03-25 01:50 | 政治 | Trackback | Comments(0)

保護が義務の資料

 日本国民、人類はできるだけはやく、以下の資料を重要な歴史資料として、国家単位で保護しなければいけない。

「井伊大老警護の武士逃げた」奉公人の証言発見

幕末の大老・井伊直弼が暗殺された「桜田門外の変」で、居合わせた中間(ちゅうげん)(奉公人)
の証言とされる記録が、広島県立歴史博物館(福山市)で見つかった。

故郷の安芸に帰る途中に役人に語ったもので、襲撃時の慌てた状況が読み取れる。

 記述があったのは、福山藩の儒学者・菅茶山(かんちゃざん)(1748~1827)の弟子、門田朴斎の五男が、
「変」に関する伝聞や風説などを集めた『骨董録』(こっとうろく)(縦22センチ、横15・2センチ、100ページ)。
茶山の子孫が館へ寄贈した資料約1万点の中にあった。

中間は事件の朝、登城する約60人の行列中、駕籠(かご)の後方で馬を引いていた。

 <殿様御駕籠へ誰に候哉、刀抜連切て掛り候者数人有之、其勢之烈しく怖しき事言んかたなし>
(殿様の駕籠に何者か分からないが、数人が刀を抜いて切りかかった。その勢いの激しさと言ったら、恐ろしくて言葉もない)

 〈其内に御駕籠の内か外か不存候へ共、大なる声にて一声叫び候声ハ耳本へ響て聞へ候、
御供方ハ前後へ颯と逃散り、抜合候士も無之様に者相見候へ〉(そのうち駕籠の内か外か分からないが、
大きな声が一声聞こえると、警護の武士は前後に逃げ散り、応戦する者はいないようだった)

中間は恐ろしくなって馬を引いて井伊邸に戻った。

 10月には映画「桜田門外ノ変」が公開予定。時代考証を担当した西脇康・早大講師(日本近世史)は
「井伊の家臣は口を閉ざした部分が多く、これだけの証言は残っていない。突然襲われて慌てふためいた行列の様子が分かる」と話す。

◇桜田門外の変=1860年3月3日朝、江戸城桜田門外で、大老で彦根藩主の井伊直弼を水戸浪士らが殺害した。
尊王攘夷(じょうい)派への弾圧「安政の大獄」を実行した井伊への反感などが背景にあったとされる。
警護した彦根藩士の一部は討ち死にし、生き残った者も切腹、斬首(ざんしゅ)などとなった。 

以下ソース:2010年7月11日01時37分 読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20100711-OYT1T00147.htm
http://web.archive.org/web/20100713071522/http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20100711-OYT1T00147.htm

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by smartestone | 2013-03-24 07:49 | 政治 | Trackback | Comments(0)

これからの日本像

 政治は「暴力性」をひとのあいだに調整する機能として要請された。
 ここからみて、天皇という名字の強大な独占権力をもつひとと、それ以外のよわいたちばのひととの利害調整というのは当然はかられるべき政治の職能となる。

 天皇が日本国民をいじめている。勿論、「天皇は日本国の象徴」かつ「国民が主権者」と明記された憲法も前提にある。このばあい、第三者である日本国民はそのいじめられているみずからをふくむ日本国民のだれかを、天皇と一緒になっていじめるべきだろうか。これに加担していじめるのはchauvinisticなファシズムだとおもうが、わたしはそうすべきではないとおもう。
 天皇は皇帝兼教祖としていきてきた。これを「政教癒着(政治と教育の癒着)」や「政宗癒着(政治と宗教の癒着)」というのだが、天皇はすくなくとも政治家とみれば「いじめ」をなくすがわでなければならない。これはとても素朴なたとえにきこえるかもしれないが。

 はっきりいう。西日本はいじめ文化であり、東日本は正義文化なのだ。総合的にみなすと、そういうほかない。そしていじめ文化の代表格が天皇政治であり、正義文化の代表格が幕府政治だった。天皇政治は公家、幕府政治は武家をもたらした。なぜなら公家は天皇という絶対権力者のまえでいかにしても出世可能性がかぎられていることからライバルへ害をあたえるのが自然有利となり、結果相互害他的すなわち競争的になるが、武家は相互利他的な協調性をとることで強者をたおしていけばその最高位である将軍につけたからだ。
 この起源は、おそらく縄文=東日本文化と弥生=西日本文化というおおきな過去の系統樹のちがいに由来している。縄文人は古来から日本にすんできたひとびと、弥生人はその後に朝鮮半島から渡来した人とそれに混血した人をふくむ。このふたつの文化傾向はおおきくみると、自分のみるところたしかにちがいがある。つまり地政学的な差、地理と政治に由来した伝統的文化傾向の差なのだ。

 生物学的に、同系集団は互恵的利他行動をとりやすい。それは血縁でもあり、個人を長期的に識別しやすくなる環境収容力戦略的なある程度とじられたばでもある。この両面からみて、日本が極東のはずれにあって、しかもしまぐにであることがおもくはたらいてきた。日本では侵入者がほとんどなかったから、ふるくすんできたひとびとへはこの利他性からの淘汰圧がかなりかかっていたはずだ。そしておそらく、うまれつきの知能のよしあしをしめすとおもわれる学力テストの「知識分の活用比率」というものは、この習性的な利他性へ積極的に比例している。
 ひとつの明白な例は、秋田県と大阪府のいちじるしい非対称性だ。秋田県では学力テストの知識分の活用比率が抜群で犯罪率は圧倒的にひくい。大阪府では真逆で、学力テストの知識分の活用比率は圧倒的にひくく犯罪発生率は抜群である。この例だけで確証とするには不十分かもしれないが、これほどいちじるしい統計的偏差がみられることは特筆にあたいし、その原因はおそらく秋田が古来・縄文・閉鎖型の文化にあり、大阪が渡来・弥生・開放型の文化にあることとかんがえられる。
 こうして犯罪発生率にも比例関係がみられるとおり、人口集中度(人口のうち、何%が人口集中地区に住んでいるかの割合)や人口密度のひくいふるきよき田園、都市化されていない地方にたすけあいの文化がそだちえるのがわかる。逆に、都心化された新規流入者だらけのばは、かならず利己的で害他的なおこないがはびこりがちになるはずであり、しかもそのばかぎりのおこないをしてもむれにまぎれて罰されにくいため利己的なひとびとがいきのびやすいかぎりそこで淘汰されたひとびとには傾向としてぢあたまのよくなさが特徴化されやすい。おそらく、『旧約聖書』におけるソドムの説話も、古代におけるこういった都心化の退廃をしめしていたのだろうと推測される。

 こういった自然の理論的背景で、天皇のいえのまわりの人口集中度・人口密度がたかいということは、朱にまじわれば赤くなるため文化面からそこでそだつひとを利己的にしてしまう。つまりこの天皇家のまわりにあつまってすむという都市モデル自体が、西日本的な風土だったのだ。

 今日わたしたちをさいなんでいるのは、まさにこの西日本的ないじめ文化の残滓であるといえる。そしてわれらにまたれることといえば、このあしき文化を排撃し、ふたたび武家やその古代のすがたである縄文人にみられた互恵的社交性をとりもどすことだ。また、ここからどうして薩長土肥というにしのはてにあった外様大名とその部下らが、京都にいた公家の一部とともにあれほど、当時の外来人であったイギリス・フランス・アメリカ・オランダ・ポルトガルのひとたちを利用して、母国の日本人やアジアのよわいたちばのひとびとをひどく「いじめた」のかも、こうしてはっきりとわかる。かれらの末裔とその文化傾向は日本そのものの古代人ではないため、利己的かつ害他的なおこないをすることがかれらおよその習性なのだ。そして、もし日本という単位あるいは地球やそれが属した銀河系というなかば閉鎖的な単位がこれからも半開放系としてにとどめられるだろうがときのなかで存続していくならば、そこにくらすひとびとは時代をへてこういったいじめやその文化になれたひとびとをやがては淘汰していくことに成功するだろう。無論、外来者の侵入というかぎられた期間のあいだは、よりもどしの期間や時代はある。日本の歴史にてらせば、おもな国風化時代とその他の外来文化摂取時代との大別ということになる。だがこの開放期間は、系のことわりから決してながくはない。生命をモデルにした半開放系はつねに存続するのだ。たとえば食事をつねにしなければいけない系は、そうしないかたより相対的に個体性をもっていないので移動の自由がかぎられ、単独増殖可能性がかぎられる。それはくにというものでもおなじである。
 閉鎖的半開放系が、自然の理由によってよりながい期間をしめていく結果、このよはいまよりも互恵的な利他性、つまりよいおこないとそういう習性をもつひとにみちあふれていくだろう。
 わたしのめには、天皇という西日本文化の末裔が将来どうなるか、いきのこるかほろびるかはわからない。しかし、過去をみなおすかぎり、このひとはたしかに利己的で害他的な業にいとまがなかった様だ。いまなお、これほどの負担をせおっている茨城県から労働力搾取をするために原発をふくむ環境負荷のある発電所やその廃棄物を、かれのすみかである最高の人口密度をもつ悪所東京都からおくりだし、われら主権者である国民から金銭と権力を独占濫用しつづけている。この利己的で害他的な象徴の日本国という構図も、それほどなくついえて、やがて天皇以前の真の日本の、単に害自的でないばかりかたがいに利他的なよりすぐれた政治が回復されるだろう。

 天皇が国民をいじめている。このばあい、はっきりと天皇というわるものを批判するべきなのだ。たとえ何代分の家系図があろうとまったく関係ない。なぜならわるさはわるさだ。水戸学における義公のおしえ、それもわたし個人にとっては関係がない。『論語』にいう、「仁に当たりては、師にも譲らず」。そしてこの人種差別主義者である天皇をまつりあげる日本国憲法を、その皇室典範そのものをかえることが、日本国民を真にすくいたすける方法だ。これが正義の文化である。
 現実的に、まずこの天皇というひとは国政からきりはなして、尊皇のつみかさねがある水戸にひとつの「宗教のいえ」としておき、政治権力者としてのたちば、つまり国家の財産から支出してやしなうことをやめねばならない。これはすでに徳川家がそうなった様に。そうしないかぎり、天皇家というのは政治・宗教・教育の三面にわたる三重権力者なので当然癒着をおこしてどれに対しても腐敗し、あしき世襲権力者かつ邪教祖かつ不良教師たらざるをえないだろう。現に、利己的で害他的な傾向をもつ外来者の都心となった東京がさらに経済の中心までしめてしまっているため、政治・宗教・教育・経済という四重権力者となって、福島原発事故にみられたとおりはなはだしく悪魔のすという構造をもっている様に。こういう悪徳東京に寄生した天皇に関してはやはり東京人なのだから、歴史原理として「絶対権力者は絶対に腐敗」し、世襲権力者かつ邪教祖かつ不良教師かつ悪徳商売人というすさまじくわるい存在とみなされざるをえなくなるはず。
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by smartestone | 2013-03-19 03:58 | 政治 | Trackback | Comments(0)

茨城県知事の善

 自民党県連が茨城新聞上で県知事へむけて「多選の弊害」というが、それなら125代以上世襲皇帝の地位にのさばってきた天皇陛下こそまこと最大の弊害者となり最初に批判されてしかるべきな理屈になる。勿論、歴代徳川家など偉大な君主のすべてもそうなるわけだ。まず税金を第一に搾取している象徴がみをきらねば、その部下が君主的であるという面だけのために、みをきるおもいをするのは土台おかしなはなしだ。一体あれほど優秀な橋本県知事のどこに多選の弊害があるというつもりなのか、はっきりその弊害部分なるものを自民党県連はいわなければいけない。いわゆる総合ブランド研究所による風説流布の犯罪活動によって恣意的ネット調査で300万人の日本国民が不当にひびおとしめられていることへの対策、以外になにかもっぱら改善すべき点があるとすればだが。ないとすれば自民党は冤罪しているのだ。
 震災時にもそれ以前にも、まこと尊敬すべき偉大な功績がかずある現知事への、公徳心や判断において腐敗した自民党からの単なる名誉毀損におもえてならない。茨城県にくらす300万人のひとびとは、まさに急場に真の勇気を発揮し、不道徳な政策へ直接抗議した橋本茨城県知事のおかげで深刻な被災地での計画停電という悲劇からまぬがれ、いのちをすくわれた。そして茨城空港というあらゆる面で有用な自衛隊基地の兼用化という方策も、この賢慮にまさる知事の一貫した英断の歴史によって、東京の悪質なマスコミからのすさまじく不当で陰湿な悪徳商人根性の誹謗中傷にもかかわらず維持されていたおかげで、そこが首都圏で震災当日も唯一いきつづけた貴重な海外からのアクセスポイントとして日本国民ならびに世界人類のいのちをたしかにすくったのだ。正直なところ、これは英雄にのみなせるレベルというほかない。
 はっきりいう。あの悲惨な大災害状況の当時、政権与党だった民主党との挙国一致体制を単に政局目的で拒否した悪性きわまる自民党ごときが真の英雄である茨城県知事に侮辱をする。これは、「最悪」というのだ。これほどのあからさまな悪業に、日本国の人民としてすこしもいきどおりがわかない方がおかしい。
 Critic、つまり「わかる」ことが批判や批評ということばの原義であり、単にあしざまにいう意味ではない。業績を理解し、そのなかで改善点やのぞましくない点を指摘し、諫言ということだが、そうして公共に処するのが政治家としてのつとめではないか。なぜ具体的内容がともなわない単なる非難や攻撃が、県民ならびに国民の公徳へ資するというのだろう。そのわけもない誹謗、そしり、わるくちはまったく逆の効果、いわば「有徳な君主を悪意をもった小人がひきずりおろす」という革命とは正反対の堕落、最悪の衆愚行為、いわゆる孔子がにくんだ「下にいて上をそしる」不徳なる暴政をもたらすにすぎない。
 どんなばあいでも、君主であれ民主であれ、世襲であれ一代であれ政治の中心にあるものは、徳の程度なのである。

 それとも一党独裁化した自民党からのいいなりにならないひとは、だれであれ政治活動ができない、とでもだれかいうつもりなのだろうか。おごれるものはひさしからず。

 特に、生物学的必然として常陸国人ではない出身ゆえに茨城県民のためにいのちをすててはたらくとはかぎらない現副知事をなぜか擁立して、国会議員にすぎないかぎり地方自治とは無関係な自民党県連が有利に県政へ圧力をかけ、県民の意を牛耳ろうというのなら、それは単に行政的に不正な弾圧、さらにいえば地方選出国会議員や県政への国政からのlobbyistによる不正な談合というほかないはずだ。おそらく邪推でなければだが、自民党県連が現副知事をいきなり擁立しだしたのは、このひとが現職官僚からの出向者だった関係で、族議員とのあいだでの、国政とのこのひとなりの癒着関係がなせるわざとおおよそ予想できるとしても。
 県民により直接公選されたのだ、現知事は。どうかんがえても、単なる国会議員にすぎない自民党県連がえらんだということではない。つまり、自民党県連は国政から県政への内政干渉をおこなおうとしている。これはまさに民主主義からみれば不義である。実に単なる弊害なのはばらまき公共政策からの票田による癒着関係を大量にもっている自民党県連の方ではないだろうか。
 このどうみてもあからさまに不正な政治的事実、つまり自民党が国家政府の政権与党のたちばから地方政府へ圧力をかける一党独裁制をしめしている。この事実がまちがいではないかぎり、ちかい将来ふたたび悪徳自民党の座がくつがえり、民主党に政権がもどることも十分予想できるといえよう。実際、現首相は地方の自民党議員がえらんだ人物ではない。その自民党内の議員票間の自己目的化されたくだらない派閥抗争の方がよほど多選にわたってきているのだから、国民ならびに県民にとってもおおきな公害があるといえる。いいかえれば、自民党自身が国民から信任をたくされたみでありながら民意にそむく悪業への反省の度をふかめ、地方にすんでいる国民の真の意見へ真摯に真剣にみみをかたむけることこそ、真の地方選出国会議員の「全体の奉仕者」たる役目なのである。この国家政務の王道をわすれ、覇権をとったにすぎない自民党閥を濫用し国政につながりのふかい族議員官僚族にこびをうるとは、なんといっても茨城県民としての公徳にあたいしないと、わたしにはみえる。

 茨城県がただの地方自治体だろうか。延喜式に最上区分の大国だった。親王任国であるから現常陸宮家が御皇室により創設された。坂東のかなめとして徳川幕府からその重要な背後をかためる地位である定府制御三家に指名された。ところで、めだとうとしないから魅力がないかの様にみえるただの田園地方でありいなかだから、茨城県民などというものはたかだか一代官僚や世襲皇帝の親族へのなりあがりとやらが、それどころか成金が、はじめからうえから目線で悪徳支配してやるのはちょろいものなのだろうか。いいえ。そうではない。この地方を本当にしっているひとはそうはかんがえられないだろう。ここは長年、いや日本でもっともふるく『古事記』『日本書紀』という他者からの記録のみならず『常陸国風土記』という古老の代に記録された、卑怯な一方的侵略者へのきわめてはげしい対抗戦をしいた当時から、『大日本史』や水戸学における尊攘論にみられる非常につよいpatriotismの啓蒙に至るまで日本人にとって郷土、ふるさとに対する報国心とそれにともなう偉大な公徳というものをうみだしてきた伝統がある地域なのだ。否定しようもない水戸っぽなるものの性格を、ここでうまれそだち、本当にみをもってしっているひとは、この地方におけるひとびとがおどろくほどつよい武士道精神から延長された極端なまでの道義心をあちこちにひめているのをしっているだろう。
 茨城という故事にみられる侵略犯へのはげしいresistance。佐竹公が上杉方への不義理を自重したこと。四十七士。桜田門義士、坂下門義士、天狗党義士。大政奉還。これらの共通項はなんだろうか。茨城県うまれのひとびとがもっていたはっきりした正義感の証拠だ。

 要するに、自民党県連は「国政」と「地方政」を混同している。この2つはことなる選出システムでおこなわれているのだから、そのふたつが最適化しないことはむしろ、地方自治の独自性や個性をよい意味での民主的な多様性としてのこす、本来の地方自治の理念にとってまこと維持すべき点なのである。このすきま、自由の介在しえる双方の権限と役割分担があるからこそ、国政の濫用も、地方政の濫用も相互監視によってふせがれる。小と大のあいだでの公益へむけての権力均衡の状態にこそ日本あるいは世界にとって最大の公共性が期待できる。このしくみの事情は、世界からみれば地方にすぎない「日本国」と、世界の国政といえる「国際連合」とのあいだでもひとしい。

 結局のところ、現茨城県知事の偉大な功績、長年この地球における世界と日本国家および首都圏に対する勤倹実直で慈善と勇気にみちた労務の功徳をたたえられないばかりか、だれのめにもあきらかなはっきりした有能さと善を否定し、冤罪にかけ、むれつどった劣等さや悪に加担する妨害をおこなうとするならば、それは現自民党閥の心底からのたちのわるさあるいは悪意でないとすれば単なる理解力不足以外なにひとつしめしていないとおもえる。まず、地方と中央をとわない国民のためにも、国政のためにも、そして世界のためにもあまりに長期政権をしいてきすぎた自民党の内部自浄作用がはじめられねばならないだろう。こういった意見をさきんじて発表しているほど徳がたかく、地方票をもっともあつめた石破氏がなぜあれほどおとなしくさせられているのか。あきらかにこれは中央政界をおかしくている明治簒奪以来の、薩長藩閥なるものの弊害なのだ。皇族の近縁? どこかの財閥? 戦後の首相? 小御所会議での慶喜公への岩倉や薩摩藩はじめ西日本諸地方主からのぬれぎぬとそこからきた西日本の人による覇道政権独占という悲惨な歴史? 関係がない。このうみをとりのぞかねば、自民党そして日本の国政に未来はないだろう。重要なのはちすじでも財産でも出身でも経歴でもない。徳、しかもできるだけおおきな公徳なのだ。

 なお福沢諭吉は『文明論之概略』で私智、公智、私徳、公徳の4つに理知を分類しそのなかで公智を称揚しているが、わたしはこのかんがえかたはすくなくとも政治論に関しては偽であるとおもう。
私智:知識、ものしり:knowledge
公智:判断、理解、ものわかり:understanding
私徳:倫理、習慣、独慎、なれ:moral
公徳:道徳、大義、浩然の気、のり、みち:virtue
おおよそこういう風に分解すると、結局政治とは徳側の分野なのだ。智つまりintelligenceがもとめられるのはおもに、理論的傾向のある学術分野の方だ。アリストテレスの定義にかさねれば、徳つまりethicsとしての能力こそ思慮という実践的なよさにかかわる。さらにいえば、西洋ではソクラテスにより東洋では王陽明により智徳の一体性がとなえられてきたが、そこに福沢の有名な命題「物ありてのちに倫あり」をかさねると、このあらたな知識から道徳への応用というのは学問が一系性としてもっている既存の性質だということ。もっと端的にいえばphysicsからmetaphysicsへ、自然学から社会学へという学問的認識の発展方向をしめしている。そして自然学の始原にあるのがその記号言語をきめる数学とすれば、社会学の最終形として哲学がそのばにあってあらためてわれらがどうすべきかという「のり」をきめる。こののりという発音の制度的側面を法つまりlawといい、規律的側面を則つまりruleという。この混沌からひきはなされ秩序化された一体感にあるのは、結局そのひとたちが学問の、といまなぶ共同体としてすでにある知見からみずからの社会的行動をつくりあげていく経過である。そして老子は究極のところ、これを道となづけたのだろう。
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by smartestone | 2013-03-16 02:52 | 政治 | Trackback | Comments(0)

偕楽園を世界一に

 北西は東町運動公園をふくみ、沢渡川緑地をいれて常磐短大北の公園まで。南西は桜川緑地をいれて、三柱神社やさくら集会所まで。ばあいによっては桜川ぞいを公式に整備し、那珂川ぞいの緑地までつなげる。途中にあるボーリング場の敷地等もできたら県か水戸市が買収し、公園施設とする。
 こうして最低でも42ヘクタール以上(700m×600mほど)を確保し、今後も那珂川沿いの緑地整備の可塑性をのこしつづけることで、偕楽園を世界最大の都市公園に格あげすべきだ。それはまだ緑地のゆたかな水戸市にこそ可能で、すでに周辺の商業地区化がすすんで固定的なセントラルパークにはほとんど無理だろう。
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by smartestone | 2013-03-14 08:46 | 政治 | Trackback | Comments(0)