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うまい棒

 茨城産であるうまい棒は、国民的人気をもつお菓子なので、大いに茨城産であることをアピールして食の宝庫として県の誉れをあげるべきである。
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by smartestone | 2014-03-25 22:01 | 経済論 | Trackback | Comments(0)

歴史学

 以下の記述から、慶喜公は烈公にとっては大事な世子の控えであったことがわかる。
 天保十三年(1842年)、徳川慶喜公が六歳の頃、紀州家(藩主徳川斉順)からの養子の話へ父・烈公は次の様に発言している。「五郎(池田慶徳)は堂上風で品がよく、少し柔和に過ぎるが、俗にいう養子向きである。七郎(慶喜)は天晴れな名将となるだろう、しかしよくしなければ手に余るはずだ」(晩香堂雑纂所収・藤田東湖書簡)、「七郎(慶喜)と八郎(松平直侯)とは出世する者である」(新伊勢物語及烈公親書・類纂補遺所収烈公書簡)、「尾紀の両家へなら養子に出すも良いが、七郎(慶喜)は世子の控えに残し置きたいので、五郎(池田慶徳)を出すべきである。そうすれば世子(慶篤)の次は七郎(慶喜)となるので便宜がはかれる」(晩香堂雑纂所収・藤田東湖書翰)。また、翌天保十四年(1843年)、同様に尾州家(藩主徳川斉荘)から養子の内議があった際、烈公は「七郎(慶喜)と八郎(松平直候)とは教育が大切であるから、十五、六歳までは手放し難い。善悪に大害のない五郎(池田慶徳)を遣るべきである」(烈公親書類纂補遺所収烈公書翰)とも発言している。これらの尾紀両家への養子は結局行われなかった。常磐神社、『烈公と慶喜公』宮田正彦、2014年3月閲覧

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by smartestone | 2014-03-25 00:49 | 学術論 | Trackback | Comments(0)

常陸野ネストの卸し先

 高級品としての常陸野ネストは受賞歴がすばらしく、品質のたかい奢侈品として旅行先での一時的な需要にかなう。よって、高級旅館や高級レストランへおろすべきだ。また皇室への献上品にもむいている。
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by smartestone | 2014-03-24 23:19 | 経済論 | Trackback | Comments(0)

水戸甘納豆

 水戸は、納豆ブランドをいかして、元祖新幹線向けおみやげとしての甘納豆を大々的に宣伝し、うりあげていくべきだ。代表的な水戸の甘味のひとつとするところまでもっていけるはずである。
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by smartestone | 2014-03-24 23:01 | 経済論 | Trackback | Comments(0)

尊皇愛民

 水戸学には尊皇愛民というべき志があり、将軍府が現存しない今、この理念が一つのわが国民の主柱となるだろう。尊皇論は国体における愛郷や忠誠の起源であると同時に、民主主義の時世にとっては既に、水戸藩は偕楽園の造成、あるいは常磐神社仰景碑の由来とされる天保の飢饉時の救民実践の様、愛民論ではるかさきがけていた。
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by smartestone | 2014-03-21 10:26 | 政治論 | Trackback | Comments(0)

新武家論

 水戸侍町構想は、少なくとも競合相手になる可能性のある山口県、鹿児島県、高知県、佐賀県(薩長土肥)、神奈川県鎌倉市(鎌倉幕府)、京都府京都市(室町幕府)、福島県会津市、栃木県日光市(江戸村)、石川県金沢市(加賀百万石の城下町)、和歌山県和歌山市(紀州家の城下町)、愛知県名古屋市(尾張家の城下町)、小江戸とされる埼玉県川越市、栃木県栃木市、千葉県香取市、千葉県夷隅郡大多喜町神奈川県厚木市、静岡県磐田市掛塚、滋賀県彦根市、また宮城県仙台市(伊達氏)や秋田県(佐竹氏)、岩手県平泉(奥州藤原氏)等の武家遺産群を視察し、単なる観光業をふくめた、経済的町興しのための世界都市構造をねりあげるべきである。これらの都市の武士的遺産の要素から本質を抽出し、既存の水戸周囲の武家遺産と調和させていくことが次善である。
 これとは別に、新渡戸『武士道』の道徳教材への適用には哲学というものが時代適合性を目的としたいとなみであるかぎり、考えなおすことそのものへの教育が優先されるべきといえる。すくなくとも、英米においては自然科学と社会科学という追試可能な実証科学分野のみが学習可能とかんがえられており、仏独においてこころみられているとされる哲学教育はみられない。カントがいったよう、「哲学とは哲学史の学習のみが可能」であって、追試しえない。哲学はかんがえること自体なので、水戸学がそうだった様、ある思想体系をみずからの作文や演説、対話によって伝達していくこころみそのものだ。つまり、実際に倫理水準をたかめたければ、すでに体系化された法律教育すなわち法学か、作文によってある倫理的命題の判断を叙述させそれを議論することの方が有効になる。これとは逆に、過去の倫理命題をおしえこむ、という態度は、新時代の条件へ直接適用できないものがあるかぎり適応性をよわめる可能性がたかく、失敗した教育であるからさけられるべきとなる。

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by smartestone | 2014-03-17 16:21 | 政治論 | Trackback | Comments(0)

茨城は人の己を知らざるを患うなかれ

『論語』「君子は人の己を知らざるを患えず、己の人を知らざるを患う」にもとづいて、むしろ茨城県は、他都道府県並びに各国の地勢把握とその分析につとめる部局をもうけるべきだ。情報の非対称性がある、という既成条件は、孫子兵法にもとづけば、むしろわが県に有徳でもあるからだ。
 すでにもうけてきた宣伝部門は大衆むけ観光部門として外部委託をおもとし、県政そのものあるいは県民内に、地政学的な各国各地の詳細で厳密な理解をふかめる機運を醸成すべきである。

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by smartestone | 2014-03-14 02:54 | 政治論 | Trackback | Comments(0)

日立市庁舎顕示論

 日立市庁舎は、世界的建築家による日本のほこる国宝になるのがまちがいない設計であるかぎり、凍結どころかその費用を十分にかけることが必須である。県北3市はいずれ日立市役所を中心に統合するみちにあるので、県政と県北3市は協働で、また復興庁と国土交通省にかけよって事情を説明し、十二分な費用を捻出することがわが国の名誉になることだろう。
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by smartestone | 2014-03-02 21:29 | 政治論 | Trackback | Comments(0)