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世代間調整福祉論

 老人の介護施設や奉仕を充実させつつ、若者へ経済的支援を充実する事が、適切な福祉政策である。世代間所得調整を要とし、県がタンス預金を公共投資や、若年者への経済支援策に回すべきなのだ。この逆をいっているのが東京で、2020年に老人が過半となった時点で介護施設が不足しており、大量の非正規雇用者をかかえこみ、不幸な社会となるだろう。
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# by smartestone | 2017-05-28 20:05 | 政治論 | Trackback | Comments(0)

芸術政策論

 京都では「文化」という用語で、過去の伝統工芸、建築遺産等を観光・宣伝資源にしているといえる。文化庁も古典に関してこの種の業務が主だろう。これらは過去の記録に関する後ろ向きの見解を固定化する役割をもち、創造性に対しては抑圧的な働きを持つだろう。わが県ではかれらを反例に、「芸術」あるいはart(技)によって創造的、創作的、独創的な営為を奨励するようにすればよい。
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# by smartestone | 2017-05-28 19:28 | Trackback | Comments(0)

廃炉論

 東京都民は個人の利益以外は基本的に追求しておらず、個々の東京都民の利害損得以外によっては行動しない。東海第二原発は「東京都民個々人にとって損害である上に、東京都民が保有する原発である」という喧伝活動によって、都民を誘導して停止する以外に方法はない。この種の情報をマスコミを通じて都内に流布し、東京五輪はじめ東京・横浜が壊滅するという事実で、廃炉に向けねばならない。
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# by smartestone | 2017-05-28 19:25 | 政治論 | Trackback | Comments(0)

『常陸国風土記』前文

 常陸國司解 申古老相傅舊聞事
 夫常陸國者。堺是廣大、地亦緬邈、土壤沃墳、原野肥裄、墾發之處、山海之利、人人自得、家家足饒。設有。身勞耕耘、力竭紡蠺。者。立卽可取富豐、自然應免貧窮。況復。求鹽魚味、左山右海、植桑種麻、後野前原。所謂。水陸之府藏、物産之膏腴。古人曰。常世之國、葢疑此地。但以。所有水田、上小中多、年遇霖雨。卽聞。苗子不登之難、歳逢亢陽唯見、穀實豐稔之歡。歟。

 訓読:それ常陸の国は堺これ広大にして地もまたはるかなり。土壌うるおい原野肥えわたる。墾發するところなり。山海の利、人々自得す。家々饒に足る。もし身を耕耘に労い力を紡蚕につくす者あらば、即ち豊かに富取るべくして立ち、自ら然りして貧窮を免れるに応ず。況や鹽魚の味を求め復すに左は山、右は海。桑を植え麻を種するに後は野、前は原。いわゆる水陸の府蔵、物産の膏腴。古人曰く常世の国、けだし疑わんこの地と。ただ以てあらゆる水田上すくなく中おおし。年霖雨に遇わば即ち苗子登らずの難を聞かん。歳亢陽に逢わばただ穀實豊稔の歓びを見んか。

 現代語訳:常陸の国すなわち茨城県のあたりは広く、はるかな大地である。その土や小山はうるわしく、原野は肥え渡っている。人々が開墾をはじめれば海の幸にも山の幸にも利益があり、人々はそれを自ら得ているのだから茨城県の家々の食事はとてもゆたかで、満ち足りている。もし田畑を耕したり、蚕の糸を紡ぐ者がいたら立ちどころに富を取ることができ、すぐさま豊かになる。結果として彼らは自然に貧窮を免れるのだ。それどころか茨城県の人たちが塩気のある御数やら、魚やらの味わいを求めにかえってくれば、土地の左手は山でしかも右側は海、どこにいても食材が手に入ろうという世界である。彼らが桑の木を植え麻の種をまこうとしたら茨城県土の後ろは野原、前は草原であり、この県には水産業のみならず農林業にさえ、どこにでも適した土地があるといえよう。いわゆる水陸の府蔵といい、物産の資源があぶらのように滴っているのだ。昔の人がいった常世の国、すなわち天国とは茨城県のことなのだろうかと疑うほどだ。但し、一ついえるのは水田に上々のものは少なくむしろ並程度のものが多いので、ある年に長雨が続くと、苗が育たないことがある。それが難点だと人々から不満の声が聞こえる。よく陽射しの照る年に逢えれば、ただただ穀物の実りは豊かで、いかに喜ばしい事か。
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# by smartestone | 2017-05-14 09:15 | 学術論 | Trackback | Comments(0)

水戸納豆は愛国食品である

 糸引き納豆は世界中で基本的に日本人にしか食べられない、日本発の民族料理であるという観点から、「納豆は愛国食品である」として、日本の保守層に大いに宣伝し販売していくべきだ。朝鮮半島の人々、韓国人や北朝鮮人はじめ、中国人には基本的に食べられない食品であるから、納豆を食べている人は日本人であり、愛国者であると、安倍内閣下の農水省からお墨付きをもらって、ブランドとしての水戸納豆の販売益につなげるべきである。
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# by smartestone | 2017-04-25 01:34 | 政治論 | Trackback | Comments(0)

心のない国日本

 青森の高校を卒業後、ひとり、蒸気機関車の夜行列車に揺られてきた。早朝、福島の平駅(現いわき駅)付近で車掌に起こされた。「次は水戸ですよ」。外を見ると、地吹雪だった青森とは別世界。きれいな海岸線に田園風景。新生活への不安と故郷を離れた寂しさが重なり、涙ぐんで車窓を見続けた。18歳だった。
 学生服に長靴姿で降り立った水戸駅。右も左も分からない中、茨城弁のおばあさんにバス停まで案内してもらった。勝田市(現ひたちなか市)市毛の日立製作所の寮では、全国から来た先輩たちと共同生活。休日には、県内出身の同僚から「俺の実家に行くべ」と誘われ、家庭料理に涙した。5年後、縁あって日立市出身の娘と結婚、3人の子供に恵まれた。多くの人に支えられ、ますます茨城が好きになった。
 今でも生粋の茨城県人に囲まれ、働かせてもらっている。なぜ、本県が魅力度ランキングで最下位なのだろう。美しい山や川、何よりも優しい人たちがたくさんいるではないか。そう心の中で叫んでいる。
(日立市 会社役員 豊田修造 65歳)
(『茨城新聞』2017/4/8 23面 県民の声)
この様な記事を読んでも、日本国民、茨城県外人という「心のない人々」は、わが県を辱めて平気でいるのだ。日本国は心のない国である。
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# by smartestone | 2017-04-08 09:57 | | Trackback | Comments(0)

情報、哲学、科学(自然・社会科学)、及び数学の集合論的な定義について

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全体集合U及び、真部分集合AからDまでを、次の様に定義する。
全体集合U:情報
真部分集合A:哲学
真部分集合B(真部分集合Aの真部分集合):社会科学
真部分集合C(真部分集合Bの真部分集合):自然科学
真部分集合D(真部分集合Cの真部分集合):数学
以下、部分集合(集合Aの要素が全て集合Bの要素でもある時、すなわち∀x(x∈A→x∈B)である様な集合)を⊆で、真部分集合(A⊆BかつA≠Bである様な集合)を⊂で表す。また、「かつ」を「∧」で、引くを-で表す。記号論理上に同等でも、述語論理と対応する区切りとして必要な時に、適宜、()をつかう。形式として、先ず述語論理を記述し、その次に、対応する記号論理を記述する事で、定義する内容を表す。
 全体集合が情報である時、自然科学は数学を真部分集合として含み、社会科学は真部分集合として自然科学を含み、哲学は真部分集合として社会科学を含み、情報は真部分集合として哲学を含む。いいかえると、全体集合が情報である時、数学は自然科学の真部分集合であり、自然科学は社会科学の真部分集合であり、社会科学は哲学の真部分集合であり、哲学は情報の真部分集合である。
D⊂C⊂B⊂A⊂U
 広義の哲学は、情報という全体集合に対して、哲学という真部分集合から社会科学という真部分集合を引き、かつ、哲学でない情報を引いたものである。
U+A-B-U
 狭義の哲学は、情報という全体集合に対して、自然科学の補集合であって社会科学でない情報を引いた集合と考えた時、さらに情報の全体集合に対して社会科学の補集合に部分集合として含まれる集合である。
A⊆((U+A+B-C)-B)
 より厳密には哲学は、情報という全体集合に対して、自然科学の補集合であって社会科学を含む情報の集合から、社会科学という真部分集合を引きつつ、哲学でない情報も引いた集合である。
((U+A-C)+B)-B-U
 社会科学であって自然科学でない集合とは、全体集合である情報に対して、自然科学としての真部分集合を引いた集合から、社会科学の補集合を引いた集合である。
((U+A+B)-C)-(A+U)
 自然科学は、全体集合である情報に対して、数学は自然科学の真部分集合であり(数学を真部分集合として含み)、かつ、数学でない真部分集合をも持っている。つまり、自然科学であっても数学でない集合がある。
((D⊂C)∧(D≠C))⊂U
 哲学であって社会科学でない集合とは、全体集合としての情報に対して、社会科学という真部分集合を引いた集合から、哲学の補集合としての情報を引いたものである。
(U+A+B)-B-U
 哲学という集合は、全体集合としての情報に対して、社会科学、自然科学、そして数学という真部分集合を含む(社会科学、自然科学、数学は、哲学という集合の真部分集合である)が、自然科学を含まない社会科学の真部分集合や、自然科学を含む社会科学の部分集合や、数学を含まない自然科学の真部分集合や、数学を含まない社会科学の真部分集合を含み、かつ、必ずしも全体集合としての情報の全てではない部分集合(全体集合としての情報に対して、部分集合である集合)である。
(A⊆U)∧((D⊂B)∧(D≠B))⊂((D⊂C)∧(D≠C))⊂(C⊆B)⊂((C⊂B)∧(C≠B))⊂(D⊂C⊂B⊂A⊂U)
ただし、
((D⊂B)∧(D≠B))=B-D
((D⊂C)∧(D≠C))=C-D
((C⊂B)∧(C≠B))=B-C
なので、
(A⊆U)∧(B-D)⊂(C-D)⊂(C⊆B)⊂(B-C)⊂(D⊂C⊂B⊂A⊂U)

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# by smartestone | 2017-03-26 19:30 | 学術論 | Trackback | Comments(0)

納豆早食い世界大会についての留意事項

 水戸納豆早食い世界大会は、滋賀県のJA東びわこ(本店・滋賀県彦根市)が同市安食中町の彦根総合地方卸売市場で開いた農産物PRイベント「ふれあいフェスティバル」「おにぎりの早食い競争」で参加者が2016年11月13日にのどにつまらせ救急搬送され、3日後に死亡した事件を反例に、健康に留意し、高齢者か年少者、あるいは健康にさしさわりのある人の参加を制限し、かつ、万一のどにつまらせたときの救急体制を安全値がさらに高くなるように日々構築していくべきだろう。

おにぎり早食い競争参加者が死亡 滋賀・JA催し、喉詰まらせ

 JA東びわこ(本店・滋賀県彦根市)が13日に同市安食中町の彦根総合地方卸売市場で開いた農産物PRイベント「ふれあいフェスティバル」で「おにぎりの早食い競争」に参加した同県甲良町の男性(28)がおにぎりを喉に詰まらせて救急搬送され、3日後に死亡していたことが21日分かった。

 JA側の説明によると、同競争は近江米のおいしさを知ってもらう目的で開き、15人が参加した。おにぎり5個を用意し、3分以内に食べられる量を競うルールで、男性は5個目を口に入れ終わった後に倒れ、たまたま居合わせた医師や看護師が救護して救急搬送され、16日に亡くなったという。

 JA東びわこは「アクシデントが発生し、午後のイベントを中止した」とする「お詫び」を14日付でホームページ上に掲載した。担当者は取材に対し「遺族には誠心誠意対応している。死亡について公表する予定はなかった」とし、「(喉を詰まらせないよう)お茶を用意するなど安全に配慮しており問題はなかったと考えている。事故が起き残念。今後このようなことがないようより一層注意を払いたい」と話した。『京都新聞』【 2016年11月22日 06時53分 http://www.kyoto-np.co.jp/top/article/20161122000010


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# by smartestone | 2017-03-21 15:10 | 政治論 | Trackback | Comments(0)

戦略論

 東京以西を仮に西国か関西と定義すると、東京を含む西国・関西に対応するには完全に勝利するか、間違った方向で勝たせる、どちらかしかない。例えば経済力や学力体力で勝る事、民度で勝る事は正しいとわかるかもしれないが、犯罪率や虐め発生件数で負ける事も関西西国に不利な正しい戦略である。なぜなら西国は弥生民族の侵略者としての由来から日本国内で遺伝的に少数派であって増殖戦略として自己利益優先的で勝てば官軍と思っているにすぎないからであり、東京圏はピラミッド状の公徳についての等級を仮定したとき低教育で生活可能な労働階級の構成人数の多さから正否や徳に気づかない驕れる衆愚にすぎないからでもある。
 魅力度は宣伝性の観光指数であり、どちらかといえば相手に全てを知られたり内情を見抜かれたりするより県外人に誤解させて共有地の悲劇になる事を避けたり、知られない為に情報の非対称性を生かし政治的優位に立つ方が正しい戦略である。そして質の高い観光集客、高級客およびリピーターが多い為に評価力の高い地元客に宣伝戦略をきりかえ、大衆的な一見向けの外来観光市場、つまり浮動客向け大衆観光市場は原則として捨てていく事が有益となる。魅力度が低いと大衆及び西国に思われている場所を選り好む高質な固定客は茨城のブランド化に際しても有利な標的となるだろう。端的にいうと、支払いや趣味の良い顔見知りに対して極めて高品質な親切を行い、そうでない大衆的な外来客の風説(東京の会社による西国人の一部のネット衆愚風説を集めた魅力度調査や東京都のキー局報道の類やそれらに煽られた衆愚)に一々対応せず原則無視する事が重要である。なぜなら、これらの虚偽の風説は、誤解の面紗によって却って善意で美質な茨城を神秘化させ、衆愚に対しては忌避効果を持つ上、ますます既にわかっていそうで知らなかった茨城県民や茨城県の本質に対しての二重性、つまり内国的な情報の非対称性を拡大させていくからだし、国内にも関わらず全く知らない、知られていないという事は、他の日本人に対して最大に有利なのに加え、外国人に対しては日本の持つブランド価値を初期状態で利用できるという点で、茨城人の立場を更に知恵ある者と化し、いわば茨城県の神格性に寄与することができるからだ。
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# by smartestone | 2017-03-21 11:29 | 政治論 | Trackback | Comments(0)

若年層財政支援論

「成長と格差の縮小は同時にやるべきです。まず成長、その後に格差に対処するという考えは間違っています」
「日本は若年層を優遇する税制に変更すべきです。特に、資産が少なく、労働所得しかない若者を優遇すべきです。若者が多い非正規雇用の待遇改善も重要です。これは、格差の縮小だけでなく、人口増加につながる政策です」
「若い世代が子供を持つのを支援することは、日本の長期的な経済成長にとって極めて重要な課題なのです」(2016年2月2日(月) WBS、ワールドビジネスサテライト、テレビ番組)
ピケティ氏のこれらのせりふは、茨城県に関しても同様にあてはまる。県政は先ず格差の是正、そして若年層への傾斜的調整をはかりつつ、内部人口の自主出生による増大をめざすべきである。他方、つくば市にあまたいる外国人研究者に対して国際通義に照らし二重国籍を認め、帰化の支援を図るべきだろう。移民排斥におちいるのではなく、単に高齢者に偏った資産の若年層への調整、世代間格差の是正を行う必要がある。個人消費の半分は全人口の3分の1いる60歳以上世帯で占められ、個人金融資産1700兆円の8割は50歳以上が独占している現状で、すでに遅きに失しているにせよ、さらに手遅れになるまえに若年層への財政的経済支援は必須の政策だといえよう。
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日本に存在する金融資産1500兆円のうち高齢者が82.4%を保有し20代はわずか0.3%
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# by smartestone | 2017-03-20 02:43 | 政治論 | Trackback | Comments(0)